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メンタルヘルス セルフチェック

ユーザー名(ID) 笹かま (51406)
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笹かま
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性別 女性
生年月日 1974年3月8日(45歳)
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趣味 レースゲームと漫画を読むインドア派です
自己紹介 はじめまして。
主婦をしております笹かまです。
うつと複雑性PTSDで20年ほど通院治療中で、寛解するにはどうしたらいいかで模索の真っ只中です。

不定期でぼんやりつぶやく程度なので、生暖かく見守って頂けると幸いです。
メッセージに関しましては、時間が取りにくいのと頭が働かず文章が思いつかないため、返信は致しかねますのでご了承ください。


10月10日更新
プロフィール写真を再アップしたら、めちゃくちゃ生活感溢れるものになりました。



〜病気についてのお話〜
とても長いです。上手くまとめられず、感情だだ漏れの文章なので、読み進めるにあたり疲れが出る方もいらっしゃるかも知れません。
なので読んでくださる稀有な方、どうぞ無理はしないでください。




私が10歳の頃に、実母がOCDの不潔恐怖であると診断がついた。そこから生活は一変する。
まだ昭和時代で精神疾患に対する偏見や認知度の低さも相まって、非常に社会生活が難しかったのを記憶している。
また巻き込み型で(当時はそのような言葉もなく、対処に困った)私の精神力も体力も消耗が激しかった。

実父はモラハラで若干ペドフィリアの傾向があり、性的な虐待も度々起こる家庭環境だった。
私がうつを発症するには十分な土台が出来上がっていた。

25歳の時、夜勤のある職に就いていたが、激務やいじめなどがきっかけとなり、抑うつ神経症と診断を受け病気休暇に入る。
数回復職を試みたがあえなく失敗。そのまま休職期間の満期を迎え自主退職した。

その間、今までの家庭環境についてうっすら記憶はあったものの、当時親戚をはじめ周囲から
「1人前になって両親を支えていけ」
と言われ続けてきたので、その言葉を信じたまま成長したせいか、全てにおいて鮮明な記憶はなかった。
両親に落ち度はないなどと思い込み、嫌な記憶は蓋をしていたようだった。
後にそれが解離性障害だと知る。

それからはうつ病として治療するも、良くなったり悪くなったりの繰り返しで、 決定的な改善も見られず年月だけが過ぎていく。

40歳を前にした冬、実父が件の話を何気に話してきた。
何の悪気もないようで、未だ実母と
「あの時(妻として)私は辛かった」
などと喧嘩しているらしい。
何故私にそのような事を話すのか、意図が分からない。
その次に発した言葉が
「何もいれてないよな」

それがきっかけで、蓋をしていた記憶が一気に蘇り脳裏を駆け巡った。
その時初めて自分がPTSDである事を知った。
当時通院していた主治医では手にあまるらしく、適切な治療を受けようと別の診療所にセカンドオピニオンする。
新しい診療所の主治医から複雑性PTSDで、うつも二次障害との説明を受けて、心理療法を主に改めて治療を開始する運びとなった。

少しずつ改善しているかな?と言う感覚で、手応えははっきりとは実感出来ていないが、フラッシュバックなどの症状が落ち着いてきているので、良い方向に向かっていると思う。

まだまだ地道で根気が必要な治療だけど、いつか笑って過ごす日が来るよう、希望をもって臨んでいきたいと思う。



長い長い語りなのにここまで読んで頂いて、心より感謝申し上げます。
気長に治療して、家事もほどほどに頑張ります。


以上、笹かまのお話でした。
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うつうつした時の家事って困るなぁ 私なりの工夫で乗り切ってるつもりだけど、果たしてそれがいいのかどうか 良い時:生地ごとに分けて洗う 少し良い時:普通に洗える生地のみ洗う 何だかなと言う時:衣類とタオルを分けて日にちをずらして洗う しんどい時:夫の作業着のみ洗う 完全うつの時:放置 放置が続くとエライ事になるから出来れば避けたいけど、なかなか やっぱり乾燥機付き洗濯機の購入を考える時期やろか 2019年10月18日 11:59
朝方はかなり冷え込むのに、日中は汗ばむ気温とは 体調もおかしくなりますわな この時期は日によって半袖出したりしないといけないから、何を着るか迷いますね 自律神経もくるってしまうから、気をつけないと 2019年10月17日 13:10
丑三つ時になりましたが、今から床に就きます いつもよりもうちょっと寝られますように(-人-) では、おやすみなさい*° 2019年10月17日 01:35
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今日は2時間しか寝れなかった〜 ご飯食べるのめんどくさい〜 献立浮かばない〜 でも、ちょびっとだけ頑張る そのあとはお休みするっす 2019年10月15日 13:50
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実母の病気についてのお話。 プロフィールにちょっと書いてるのだけど、OCDとうつで35年ほど治療している。 色々あってここ5年会っていないのだけど、噂では未だ変わらずの状態らしい。 いつも実父の愚痴を言って、いかに子供時代から結婚後まで苦労したか、何度も何度も耳にタコが出来るくらい聞かされた。 確かに実母の子供時代は波瀾万丈だと思う。 ギャンブル依存の父親に、その借金返済に翻弄される母親。 着る服も食べる物もなく定時制高校に進学し、バイトを済ませたあとは一切の家事を引き受けていたそうだ。 それを聞いていた当時は、まだ私も子供で 「本当にお母さんは大変な思いをしたのだろう。私が頑張らなくては」 なんて張り切ったものだった。 大人になり実母と同じような年齢になった今、子供に何故こんな酷な事をしたのだろうと思う。 大人の醜い部分を、まだ純粋な心を持つ子供相手に、自分の思うがままのあらゆる感情を吐き出し、挙句の果てには 「人は信用出来ない」 ときたもんだ。 言い方は悪いが悲劇のヒロインみたいに感じる。 口癖で 「私の事は誰も理解しない。理解してくれない。」 と言うが、目の前にいる娘は何とか親の病気を理解しようと、片っ端から精神医学に心理学の本を読み漁り、母親の一言一句を聞き逃さないよう耳を傾けていたのに。 まるでわかっちゃぁいない。 ある日実母がふと 「ガンの人はええなぁ。手術したら治るもんなぁ。」 とこぼした。 その時相手が親ながら許せずに声を荒げて否定した。 何でも自分の病気の苦しみは誰よりも深く、到底他の人には耐えられるものではない、だそう。 病気を患っている人にしか分からない辛さや悲しさ、また悔しさ苦しさがある。 しかし殻に閉じこもった実母には、自分の事しか見えず他の人の事など目に入らないのだろう。 まだ足繁く実家に通っていた頃、実母がテレビを見ながら言った言葉が印象的だった。 それは実母と同じくOCDの不潔恐怖症を患っている方のドキュメンタリー番組だと記憶している。 その方も手を洗わずにはいられない、またそれが苦しくて仕方がないと話されていた。 それを見ながら 「お母さんの方が症状が重いのに、この人なんか軽いから辛くないやろ。お母さんの方がしんどいもん。」 あぁ、この人は母親ではなく、母親の役目を放棄した患者だ。 そう強く感じた瞬間だった。 また、語弊があるかも知れないがあえて書くと、ただの不幸自慢にしか聞こえなかった。 自分がいかに重く辛い病気を患って、誰よりも加護してもらうのが当たり前だと云わんばかりの台詞に思えた。 「お母さんのためにやってよ!」 「お母さんのために言うこと聞いてよ!」 「お母さんのために我慢してよ!」 だけどさ、結局病気を治すのは自分次第なんだよ。 主治医や看護師など医療側、薬物療法、心理療法などはあくまで治療を円滑に行うための手段であり手助けしてくれる人達で、また家族は支えてくれる大事な存在だ。 決して自分の欲求を全て叶える人ではない。 本人の闘病意欲がなきゃ、いくら薬を使ったって、主治医やカウンセラーに話をしたって、何にも変わりゃしない。 「分かって欲しい」 そう思うのは当然だと思う。 でもわかってもらう努力はしたのだろうか。 どうすれば自分の気持ちをうまく伝えられるだろうか。 子供時代にあれだけの愚痴を聞かすのなら、せめてそう考えてから話して欲しかった。 理解して欲しい、と真剣に思いながら、またかたや 「この人よりは私の方が〜」 などと言ってたら、誰だって話を聞かなくなるだろう。 治療はどんな病気でも辛いし、みんな必死だ。 負けそうになって泣きながら、死にたい気持ちに押し潰されそうになりながら、でも一生懸命耐えてるんだよ。 多分、こんな話は二度と実母とはしないと思うが、せめて 「この人より私の方が重症だ」 と言わないで欲しい。 それが娘からの願いだ。 2019年10月17日 13:54
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