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ユーザー名(ID) misk (51298)
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misk
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性別 その他  場面で都合よく変わる
生年月日 3月1日
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趣味 お絵描き、小説執筆、キャラクター人格考察
自己紹介 発達障害と社交不安障害と抑うつ気味の未成年。
感覚過敏とスケジューリング下手と異装だけでも生きにくい。
自傷していた過去と未遂経験もあってか精神手帳3級さん。良い子は真似をしてはいけない。
発達の診断が出る前の思春期に下手に心理学と精神医学をかじったせいで人を見る目が歪んでいる。
元気がいいと創作活動をします。良くなくても絵は割と毎日描きます。
メッセージやコメントはなるべく返しますが、理解し合えないと感じたらブロックさせて頂きます悪しからず。
同じく出会いを求めてきたり下心ある人間であったりもブロックさせて頂きます。自己理解せずにアドバイスをするのは間違いであるし、僕という害のある存在から無償の愛(快楽か)を与えてもらえると思わない方が良いと思う。

俗っぽい自己紹介→https://attorisetsu.jp/supermisk64
ツッタカター→supermiskland
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このままでは燃え尽きる予感がする 今もものすごい無気力で仕方がない 何か言われれば辛うじて出来るが、自分から動く気持ちに一切ならん 時間の潰しかたを忘れた 2021年03月10日 14:06
最近入手したもの 2021年02月20日 15:55
専門学校の先生「もっと専門的なことを知りたい人は各自でネットで調べてみてください」 専門学校とは? 2021年02月09日 04:34
崇高な優等生をやめた辺りから僕は感情を大切にしている。 考えた方がいいということは未だに常日頃考えているし、考えないことに罪悪感さえ感じる。 しかし僕は、考える脳を自ら薬によって削り取った為にもはや深く考えることが出来ない。 ここ一年考えていることといえば大変浅く、己を深めるものは何一つない。 2021年02月01日 00:54
性的違和を感じるのは同性の汚い部分を見て生きているから…。 異性にゃ性的なあれこれで色々あったけどなんだかんだ釣って遊べているレベルだし、そこまで恐怖心はない。多少はある。うん。 大多数の女の子の声が苦手。仕草が苦手。だからこそ“僕”という一人称を使って自分の性から目を背けるわけで。 2021年01月30日 03:21
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全くのフィクションどころか、これは僕の無意識が勝手に作り上げたストーリーに少しだけ加筆訂正しているだけです。なんの脈絡もありません。同じ名前の方がいましたら本当にすいません。無意識に言っておきます。 新学期始まってすぐ、主人公の桃ちゃんは宿題にうんざりしていた。 明日までに長い詩をノートに写して来いって。 「ねぇ、桃ちゃん一緒に宿題やろうよぉ」 誰だったろうか。考えていると「花蓮」という名前であると教えてくれた。 新しい友達。桃は快諾した。 後に他の人が、花蓮は昔何かやって嫌われていると言っていた。 太った女の子のクラスメートが「関わるのやめなよ」と言ってくる。 花蓮ちゃんは悪い子になんか見えないから。桃は忠告を無視した。 桃が花蓮と話しているとその太った子がわざわざ桃に話しかけてくる。 花蓮ちゃんが困っているのを笑い者にしているのかな、と感じて胸が締め付けられる想いだった。 他の皆も花蓮を避けていた。花蓮ちゃんが一体何をしたっていうんだろう。そんなことをするような子じゃないのに。 夏休みになり、桃は花蓮とプールに出掛ける約束をした。 桃は時間通りに来たつもりだったが、花蓮は既に待ち合わせ場所にいた。わけを聞くと、「わくわくしてつい早く来ちゃった」なんて楽しそうに笑った。 しかし、よくよく時間を見るとプールが開いている時間ではなかった。そのため、なんとなく服屋さんで可愛い服を探しに行くことにした。 …で、紆余曲折あって(夢の記憶がない)、プールに辿り着いた。 「桃ちゃんも楽しそうだね」 「うん、こうやって遊ぶことあんまりなくって」 プールは混んでいた。太った女の子もそこにいた。それに気がついた桃は花蓮の方を見ると目が合った。花蓮は複雑そうな笑みを浮かべていた。 色々あったけれどプールは楽しかった。幸い、例の女の子にこちらのことは気がつかれなかったから二人で楽しく過ごせた。 別れ際に花蓮は 「今日はありがとう。また誘ってね」 とはにかんでいた。 夏休みが明けて始業式。 花蓮は教室にいなかった。 太った女の子が「“あんたの愛しの”花蓮は?」なんていびってきた。 嫌な予感がする。 先生が来て、 「○○花蓮さんは夏休み中に自殺した」 とクラスの皆に告げた。 「…え?」 桃は理解できなかった。唯一無二の友達が、自殺したなんて、あり得ない。あんなに楽しそうだったのに。 ホームルームが終わる頃、先生に「この後職員室に来てくれ」と言われた。 頭が痛くなった。動悸がした。 重い足で職員室に向かった。 職員室で先生はこう言った。 「花蓮さんは自殺する当日の昼、君とプールに行っていたそうなんだが何か知らないか?」 衝撃だった。「“また”誘ってね」と言っていた花蓮ちゃんがそんなことをするわけがないと信じられなかった。 何も知らないと答えた。涙が出て悔しかった。 そんな、救われない夢を見た。 (以下個人的感想) 花蓮ちゃんが何をしたかは最後まで分からなかったし、何故(自分である)桃ちゃんだけが過去の業を知らなかったのだろう。 避けてた人が単純に元花蓮のクラスメートかつクラスカースト上位だったってことで、みんな合わせるように避けていったのかなぁ。嫌だな、同調圧力。 もし遺書があったとしても、花蓮は桃のことを書かないか、書いたとしても感謝だけなんだろうな。 女クラスメートのことを百合に挟まる嫌な奴だなぁと思いながら目覚める気分よ。 そして圧倒的バッドエンド。暫くストーリーものは見たくないな。 2020年12月20日 06:07
恋人が数週間前から入院している。 例の疫病ではないが、呼吸器系の病だ。 毎日痛みを訴えているし、手術も何度かすることになっている。 可哀想だとは思っている。 ただ、どうしてか悲しくない。 別に現実を受け入れられないわけでもない。 愛する人が危険な状況で、不安に苛まれていて。 でも僕は同じ気持ちになれない。 「ああそうか。でも僕に出来ることは何もないからいつも通り過ごしていればいいんだな」 と判断するのみ。 放っておくと薄情だと思われるから、慌てるフリをしているだけだった。 大切であるし、会いたい気持ちはあるが、それをぶつけたところで負担になるようにしか思えない。 所詮僕という生き物は、待つことしかできない。 会えた時に「おかえり」「お疲れ様」「また会えて良かった」と声をかけたいと思っている。 それまでに僕が出来ることがあればいいのだが、特にない。 感情の起伏も特にない。 もし二度と会えなくなったら後悔するだろうが、生きていけなくなるわけではない。 二度と頼れる人がいなくなるだけなのだろうと。 「お前じゃなきゃいけない。」 実際そう思っているし、あいつにもそう伝えた。あいつが一番喜ぶことを僕が本気で思っているからそう伝えるべきだと思った。 それでも、あれに対して悲しくなれないことが悲しい。 他人事にしか思えないことが悲しい。 2020年12月15日 01:26
※推敲のかけらもない上に社会的に人を選ぶ内容がちらほらあります。 殺されたかった。 簡単に殺されたかった。 楽に終わりたかった。 死すらも努力を要する。 頑張る体力などない。 全うに生きることも、全うに死ぬことも、できない。 僕は嫌で仕方がない。 呵責から逃れたい。 他者からの呵責は勿論、良心の呵責にも耐えられない。 疲れたんだ。 僕は、もう。 休んでいたかった。 社会復帰なんてできるとは思えない。 エネルギーが出て何かをやろうとしても、途中でエネルギーが切れてやめる。 信用を失う。自己嫌悪する。 逃げの語彙は「死にたい」くらいしかなく。 嫌なことを取り除けるならば生きたいとは思う。 僕や家族が働かずとも何不自由なく生活ができるならば生きていたい。 食べなくても生きられるならば生きていたい。 ……叶うはずがないので死にたいと感じている。 勤労は義務。 食べなきゃストレスを溜めながら死ぬ。 僕は生きていたくない。 利き腕と逆の腕を点滴に繋がれた状態で、ひたすら絵を描きながらひたすらにモバイルデータを消費して生きていたい。報酬系をひたすらに刺激して生きていたい。 どんなに宝くじが当たろうとも、叶わないことはわかりきっている。 僕の親はどんなに金があってもそのようなことは許してくれないだろう。 人間らしく生きるってなんだ? 苦行に耐える能力を身につけることか? 適応力とは苦痛を苦痛と思わないことか? 冷静に苦痛を認知できる賢い僕こそが称えられるべきだというのに。 馬鹿な人間は生きやすいんだろうな。 すぐに怒る。すぐに泣く。それでも負の感情をすぐに忘れる。 そしてその馬鹿な人間は僕のような奴を傷つけても気付かない。 馬鹿な奴のせいで生きたくない。 それこそ馬鹿げた話だ。 そのような奴らが存在しなければ良いのにと思う。 自分に都合の悪い奴は死んでくれ、というわけではない。 色々な意見があること自体は良いと思う。 周りを見ずに騒ぐ者。 周りを見ずに意見を押し付ける者。 感情をオブラートに包まずそのままぶつけてしまう者…。 それらが苦手なのだ、僕は。 劣ったDNAは淘汰されるべきだ。 生まれる前にでも辞めたらいいだろう。 生命倫理の是非が問われるだろうが、そもそも法律で胎児は物扱いなのだから問題ないように感じる。 なんなら子を孕むのも孕ませるのも免許制でいい。 人口が減って何が問題なのか。 少子高齢化などと言うのなら、長く生きるにも税金でも取って、払えない奴は安楽死でもさせればいい。 前頭葉の衰えた高齢者なんぞ、生かしていても害に過ぎないだろう。 己の遺伝子が劣っているのはわかっている。代々そういう家系だ。 自分の家系もろとも滅ぼしてやりたいとは思う。 自分の家系は前頭葉が小さくて、神経伝達物質が足りていないような奴ばかり。 自分含め、種としてあまりにも劣っている。 二度と僕のような奴が生まれないように、こういう劣等人類は早めに滅ぼすべきに思う。 どうせ称えられない。 どんなに自分が優れていると思い込もうと、周りはそう思い込まない。 自分には価値がない。 認めたくはないがそうなのだろう。 ならば抹殺でもしてくれればいい。 出来てもいない多様性を掲げて無理矢理生かすのをやめてくれ。 僕は狂っている。 多数派と同じようにすることが無理だということは理解している。 “普通”を求めないでくれ。 諦めてくれ。 捨てるなら捨ててくれ。 生きる権利を剥奪するならば中途半端にしないでくれ。 衣食住だけでは最低限の生活とは言えない。 迫害されているような現状では、安心して生きられやしない! 生きるのは厳しい。 死ぬ権利がないから死ぬのも厳しい。 気狂いは安楽死の対象外。 死は平等ではない。 気狂いは死ぬ権利すら与えてもらえない。 嘲笑われる為に生きているのか? 多数派が安心して生きる為の生け贄か? 「自分より劣っている奴がいる」と安心するための! または、弱者に手を差しのべて愉悦に浸るための…。 それならば合理的ではある。 しかし、当の自分からすれば不愉快極まりない。 人間として平等に与えられるべき権利が与えられていない。 人権は、多数派にしか与えられない。 避けられる。攻撃される。存在を否定される。いないものとして扱われる。 それかなれもしない多数派の皮をかぶるよう命じられる。 社会は少数派を救わない。 臓器くじやトロッコ問題そのもの。 皆が助かるならば積極的に少数を殺す。 2020年11月18日 05:41
※特になんも考えずに打った文章です 死ねない。朝が来る。 分かりきっていたことだ。 それでいながらよくもまぁ「どうして」と言えたもんだ。 眠りたかった。 現実から逃げたかった。 悪夢でもいいから、現実から目を背けたかった。 でも寝ることが怖かった。 意識が戻った瞬間に朝が来ているか、昼になっていて親に罵倒されるか。 死ねないことが前提にあるからこそ、寝るのが嫌だった。 意識の中でだけでも、時間を引き伸ばしていたかった。 徐々に朝が近付いてくるのには耐えられなかった。 自身が理解していることからも目を背けたくて、僕は「どうして」と言っていた。 現実から逃れられるなら、と僕は薬で睡眠を摂りがちだ。 しかし、眠って起きた後には確実に後悔する。 眠った記憶がないのに時間だけが経っているから。 時間の経過によって状況が悪化しているから。 起きれば課題の締切が近付いている。 親の機嫌も悪くなっている。 もしかしたら、寝ているときに薬のゴミを発見されているかもしれない。 なんなら、好きな人間すら僕を見放し始めるかもしれない。 その現実から更に逃れようとする。 悪循環であることは理解している。 理解しているものの、今更行動を変えられるわけでもない。 薬は眠れる。 それに加えて、判断能力も鈍る。 眠るまでの間は不安なことを忘れられる。 眠気だけをぼんやりと考えることができる。 その一時間ちょっとだけが幸せだった。 一時間ちょっとの為だけにでも、僕は眠っている間と副作用が出る二,三日を無駄にする。 普通に生きていては、二,三日のどこにも幸せがないのだから仕方がない。 2020年11月17日 06:52
推敲も何一つされていない、 ただ書きたいままに書き連ねた ほとんど意味のない文章です。 惚気だけで終わりたかったです。  突然ながら、僕には彼氏というものがいる。いた、という表現も正しいかもしれない。  彼は酷く臆病で、人の目を気にして生きている。それと同時に、気遣いも的確だ。  彼と出会ったのは高校の部活だった。今の僕は専門1年だから、出会って3年半になるだろうか。  部活で会ったということもあり、趣味はかなり合致し、意気投合した。僕もまた彼と同じように臆病であったから、実際に話すことはかなり少なかったのだが。  彼には双子の弟がいる。弟もまた同じ高校に通い、同じ部活でそれなりに交流をしていた。しかし、弟は僕が気を病み始めた高校1年の2学期中盤から学校に来なくなり、話すことはなくなった。僕は兄に問うた。 「君は学校で話せる存在が減って学校は辛くないのか。彼も僕も君も、校風が合っていないのは分かりきっていることだろう」 と。しかし、 「あいつは家に帰れば話せるし、なんなら学校では(僕)さんと価値観を共有できるから」 と彼はそれがさも普通であるかのように答えた。  元から価値観の似通った珍しい人だとは思っていたし、ある程度の信頼は抱いていたのだが、この言葉はあまりに衝撃的であった。何故なら彼は繰り返すようだが臆病であり、価値観を話すことはあれど明確に好意を示すような感情表現をするような人ではなかったからだ。  彼ら兄弟とはSNSで頻繁に連絡を取り合い、不安な心情を吐露しては分析し合っていたものの、現実世界でそのように言われることはそれの比にならないほどに努力する活力となった。  高校1年3学期。僕が完全に気を病んで精神科受診を決断した時も、彼は軽蔑することなく受け入れ、「頑張るな」という彼なりの自戒を込めたアドバイスと共に背中を押した。僕は彼に依存しながら学校に行っていたのだろう。  高校2年に上がった頃。彼も学校に来なくなった。SNSでなんとなしに理由を訊ねる。 「あいつ(弟)みたいになりたくなかったんだ。しかし私は無理をしていた。」 とそんなことを語っていた。その時の僕は酷く他人事であり、 「君はゆっくり休んだらいい。生きる以外のことを頑張る必要はない」 と彼の安寧を祈っていた。  しかし、彼と同じように僕も無理をしていたのだろう。それからは価値観を共有する人もおらず、露骨に体調を崩していった。まともに授業を受けることさえままならなくなった。後から聞いたことだが、彼は僕を心配していたそうだ。そして、臆病さ故に何も言うことが叶わなかったと。  高校2年10月。僕は学校に行くことを医者に止められた。その時初めて僕は挫折を味わい、彼らの劣等感を理解した。僕は彼らに陳謝した。嫌なほどに受け入れてもらった。しかし、その受け入れが有り難かった。  少し話が変わる。僕は初め、弟のほうにも分け隔てなく好意を抱いていた。僕が弟に好意を向けるほどに、「受け入れることは難しい」と苦笑いをされた。そのうち、弟には彼女ができた。手を出してはいけないと思って祝福しながらも薄暗い気持ちを抱えた。  兄である彼は弟に嫉妬していた。彼女ができないことも勿論ながら、「人に恋をすることができない」と。そんな彼を見た僕は冗談めかして「僕はお前のことが好きなんだけどな」と伝えた。暫しの沈黙の後、「嬉しいけれど少なくとも今はまだ親しいとしか思えない」と言葉を返された。そうだよな、と呟き、それでも構わないと僕は笑った。  悲しくはなかった。元々そういう人なのだとは理解していたし、そのように好意を抱かれるとは一切思っていなかったからだ。安堵すらした。人の目を気にする彼が、無理矢理僕に合わせようとしないことに安堵した。信頼されているのだと感じた。  これは僕の話になるのだが、僕は社会的によく言われる「女らしい」というのが苦手で仕方がなかった。例えば現実の人間を話題にした世間話。論理的でないヒステリックな怒り。意味もなく甲高い声。ふわついた可愛い洋服。化粧。全てが苦手だった。  それと同時に、自らの女性らしさというものも苦手だった。可愛いと言われれば不愉快な気持ちになるし、格好良いと言われることに喜びを感じた。  彼はそんな意図を汲み取ったのか、「敢えて良く表現をするなら性格がクールだ」と僕を評価した。僕は満たされた気持ちになり、感謝の言葉を述べた。  一方で、彼は社会的によく言われる「男らしい」というのが苦手であった。曰く、全能感のまま人の気持ちを推測せずに動くことや乱暴さが苦手とのことだ。また、そりが合わなかったり話が通じない人は大抵同性である男性が圧倒的であったという。  彼は僕と同じように「異性らしい服」を好んだ。そういう物を着ているときは己を忘れられるのだと楽しそうに語っていたのを覚えている。自分にもそういう気持ちが痛いほどに理解できるため、僕は自分がしてもらったことを思い出して「君は可愛い。服も、その内面も」と評した。言葉を間違えたようにも思ったのだが、予想以上に喜んでくれた。  嫁に取りたいと言えば複雑に思われるだろうから心の内に秘匿しておいたのだが、どうやらそれは正解だったらしい。  最近のある日、僕はいつものように気を病んでいた。いつものように必要とされない自分に無力感を感じていた。自分が幸せにならないどころか、誰も幸せにできないのだと過大解釈をして全てを嘆いていた。  彼は何か思うところがあったのだろう、いつもなら何もせずに静観しているのだが、珍しく僕にコンタクトを試みてきた。実際に彼の言葉は救いになった。救われた僕は、日頃感謝していることを自分の出来る限りの語彙で伝えた。そして、弱く女性的である自分を恥じ、僕は強くならなければならないという旨をぼやいた。  それを聞いた彼は頼る必要性を説いた。頼りにはならないのかもしれないが、できる限り話を聞くと。前からお互いにそうしてきたではないかと。  僕は「君にだからこそ負担をかけたくないんだ」と謝罪の言葉を投げかけた。君がいつも頑張っているのは分かるから、これ以上の重荷は背負わせられないと。そんな僕に彼は、 「したいからしているのだから罪悪感を感じる必要性はない」 と真摯に語った。頼ったらずっと頼りきりになるのが恐ろしいのだと伝えると、 「人に恋は出来ないし、自分に自信が持てないから“自分がいないとダメな存在”が欲しい」 ということを彼は赤裸々に語った。僕は、自分が思うよりも“必要とされている”ということに気が付き、正の感情による涙をほとんど初めて流した。僕は謝罪し、改めて愛しているということを伝えた。彼は双方不器用で何年もすれ違っていたことを笑い、彼の方から交際を持ちかけてきた。僕は快諾した。幸せはこういうことなのだと疑わずにいた。 数週間後、彼は僕が眠りについているときに「相手が私を想う程、私は相手に気持ちを抱けない。それが堪らなく悔しい」というようなことを綴っていた。朝にそれを見た僕は、「発言を見たが、関係性を無理に恋愛的に解釈する必要はない。意思を汲み取って交際を持ちかけたのも分かっている。そちらがどう僕との関係性を言語化するかどうかはそちら次第だ。愛すことなんぞ強要しない」という旨のメッセージを綴り、夜に彼に送った。彼は重荷から解放されたように僕に感謝をした。どうしてそこまでしてくれるのかと訊ねてきた。されたことをしたまでだと伝えると、彼はそれならいいかと笑った。  問題はここからであり、彼はその後、SNSに「男女の友情は存在する」のだということを綴った。そのように高らかに宣言されるとは思っていなかった僕は、彼を救えたという安堵と深い虚しさを感じた。しかし、強要しないと伝えてしまった以上はどうしようもないと、僕は彼の気持ちを尊重しようと決めた。態度として出ていたのだろう、彼は 「自分はこれで良いと思いたい。しかし、言語化はそちらも自由なのだから、交際している事実はきっと変わらない。傷つけないことは出来ないと思っていたのだが、やはり傷つけると悲しい」 というような事を僕に伝えた。僕は救われなかった。結局僕は相手に負担をかけているではないかと酷く自分を責めた。逃げるのも双方にとって不本意だと感じ、僕は彼と奇妙な関係性として再び始めることを決意した。僕は愛を伝えず、彼は友情を強調しない。  「好き」とは言うものの、深く意味を言うことはない。「安心する」と言えど、どのような意味なのかは説明しない。それでも、満たされてしまうのだから関係は続行される。愛の確認をしないことが僕なりの愛であり、友情の確認をしないことが彼なりの友人としての優しさなのだろうと思う。  されたいことをする。それで見返りがないことを怒るのはお門違いだ。お互いに過ごしやすいことを追求、譲歩しているのだからこれ以上何を望めばいいのだろう。最近はそのようなことを毎日延々と考えているのだ。彼と趣味の話で盛り上がりながら、心の隅で延々と悩み続けている。済んだ話を掘り返すのは失礼にあたるのだろうから、それすらせずに笑顔でいる彼を眺める日々。きっと自分は幸せな部類なのだと、これ以上を望むことは罪なのだと自らに言い聞かせながら僕は男性として強くありたいと願った。  そして、可愛い“私”を愛する人などいないことを知った。彼が望むのならば可愛い女の子にでもなろうと思ったのだが、彼も僕と同じように「普段通りの相手」でいることを望んだのだ。自分が変われないのだから相手も変わる必要性はないと。変わる為に努力させるのが申し訳ないと。それなら、努力もせず普段の通りに会話してくれるのが一番であると双方結論付けてしまったのだ。 2020年10月08日 04:38
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