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メンタルヘルス セルフチェック

ユーザー名(ID) ちくわび (41922)
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ちくわび
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性別 男性
生年月日 非公開
血液型
居住地 埼玉県
趣味
自己紹介 自己内省力がかなり強く、過去の挫折を引摺り過ぎたり、人からの評価を異常に考えすぎたりする性分のため、鬱になりやすい性格です。

仕事の傍ら、家では懐かしい絵を描いております。
展示会ではそこそこの評価は頂いておりますが、
いい歳してこのまま自分の信じた道を進んでいいのかと考えてしまうと、世間体を考えてしまうと停滞してしまいます。

年に数回出展させて頂いておりますが、展示会前は仕事帰りの疲れた体で、作品作りに追われて、生活も不規則になりがちで、朝が苦手になってしまいました。

仕事も正規雇用ではないため、必要以上に世間様に気後れを感じてしまい、もうちょっと「自分は自分」と割り切れるようになりたいです。
アクセス環境

つぶやきの投稿履歴

生活も心も乱れていると「はて、今日は、さっきお薬飲んだっけか?」となってしまい、服薬治療中である意識が薄れてしまっている。 これはいかんとダイソーで買った1週間分の薬ケースにお薬を分けて入れる。 2020年09月24日 14:45
昨日は帰宅後、気の抜けた感との戦いで1時間以上躊躇して、「えいや!」と思いきって3キロジョギングした。 無目的に走ってもすぐ疲れるが、何か目的意識をもって「そのために」と思って走ると、体力の衰えや体の重みを感じつつも走りきれた❗️ 2020年09月23日 13:57
自分には強迫的な所があり、必ず5分に一度は過去の嫌なことを思い出し、誰のためにもならないのは分かっているにもかかわらず、「あの時~たら~れば…」を繰り返し、鬱のサイクルにハマっていく。 ちょっと意識して、とらわれていることに気付いたら、その意識を5分に一度は自分の夢や目標は果たして確かなものなのか、その為に具体的にどこから責めていくのかという考えに少しずつ軌道修正していこう。 2020年09月21日 14:35
自分は何のために生きているのか、 何を使命として生きているのか、 …そういうことを見つけるのは、 まるでただ一人、広大な道のない砂漠の中で、どこに進めばいいのかと見つけるような気の遠いものだと思う。 若い時に大きな志を持ち、逆境を乗り越えて、成功する生き方もとても立派だが、 どこつかずの宙ぶらりんのまま彷徨って、中年、還暦近くになって自分の望む道を見つけるのもまた人間的深みがあっていいなと思う。 2020年09月18日 00:07
仕事、家庭、友人、先輩後輩、知り合い、趣味、健康、雑用、世の中のニュース …いろんなものがそこそこのバランスをとって関わって心のバランスをとっているのであるが、 極度のストレスがたまっている時はその中のほんの一点だけに目が行ってしまい(仕事の失敗、人間関係のいざこざなど)、周りが見えなくなってしまう。 そして後で何でそこまで気にし過ぎてしまい、大事なものを見失っていたのかと後悔する。 2020年09月16日 23:15
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先日は終戦の日だったので、日本の戦争史の本を再読している。 リベラル的な感じの人の書いた本と自国擁護的な感じの人の本をそれぞれ少しずつ斜め読みしている。 あの時ああする道を、ああしてない道を取っていたら…と様々な仮定が浮かび、どこでどうすれば泥沼化を避けられたのかなどと色々考えることが多くなった。 不安定で流動的な時代の外交というものは、その時その時の他国の情勢によって、その時その時で舵を変換しながら、どうすれば自国の利となり且つ平和的な方法となるか、どうしても常に綱渡り的にならざるを得なかったのかな?と思われる。 とってもよろしくないのは壮大なる理想のため、あらまほしき○○主義のため、それがためにいかなる犠牲も厭わない、他国を巻き込んでもそれを無理矢理大義にしてしまうような風潮。 それにしても19世紀後半から20世紀前半の時代は、 西欧が100年がかりで醸成した産業文明、市民社会、高度な科学を東洋が数十年で飲み込まざるを得なかった混乱はとても大きく哀しみも大きかったと思う。 自国擁護的な文章は心地よいがために偏った解釈に歴史観に陥りやすいので色んな国の視点から多角的に捉えたいが、ただただ考えれば考える程本当に難しい。 ちょっと気分転換でもしよう。 2020年08月19日 23:07
心の調子が思わしくないので、YouTubeで、加藤諦三氏の講話を聴く。 自分が数十年後に昇天した時、天国の神様にどう問われるのか? 「何故貴方はもっとお金を稼ぎ、安定し、親を安心させてあげなかったのか?」 「何故貴方は結婚し、家庭の幸せを築かなかったのか?」 「何故貴方は仕事で失敗し、成功を治めなかったのか?」 「何故貴方はチャレンジしたことに挫折してしまったのか?」 「何故貴方は貴重な交友関係が浅かったのか?」 「何故貴方はもっと節制し健康を損ない、心身不調なままだったのか?」 ……そんなことは全く問われないと思う。 「貴方はあまり他人に対して嘘はつかず正直で真面目な人だった」 ……そんなことは全く評価されないと思う。 「貴方は…、貴方は自分の人生を、世間体を気にしながらも、それでも尚、 自分の信じたことに対して正面から向き合い、本気で取り組もうとしたのか? 本気で取り組んできたのか?自分の人生を生きたのか?」 ……それを問われるのではなかろうか? そう考えると、人の評価を過剰なまでに気にし過ぎ、下を向いて考え込んでしまう力はあまり意味がないような気がする。 人にあって自分にないものはない、自分にあるものはある、 ないものはないと、そんなに大事なものではないと割り切って、 自分が大切にしているものを人の評価を気にせずに、結果を気にせずに、 正面から取り組んでいく。 昇天した時の神様との「対話」を心の内で問いかけながら、 今の私の人生をしなやかに(たまにズボラになりながらも) 頼りない、心許ない今を何とか「それでも何とか頑張っているんだ」 …という「感じ」を大切にしながら今を生きていきたい。 2019年07月12日 00:46
父親の世代までは、 より豊かに、 より便利に、 より速く、 といった、一つの決められた山道を登っていけばよかった。 何を信じてよいのかが分かる時代であった。 でも今は父親の世代が登り詰めた山の上、 さらに登るのか、それとも下りるのか、 道が分からない。 どの道をとればいいのか分からない。 私は山を下りたいのだけど、 自分が信じた「下る」という道に 真面目に生きたいのだけど、 その選択をとると、 どこかで妥協しないと食べてはいけない。 2018年05月30日 14:05
変わらないと思っていた懐かしい風景が変わってゆく。 変わらないことに懐かしみを感じていた自分が一人取り残されてゆく。 変わらないものを見つめ続けると、 時代の流れから取り残されるし、 一人疎外感、孤独感を味わうし、 何よりお金に結びつかないから食べていけない。 だから自分をだましだましで 嫌々だけど流れに乗って、孤独にならないよう、 食べていけるよう、生きていかねばならない。 でも、どこかギリギリの所でそんな流れに抗いたい。 だから、私は拙いながらも、 時代の流れへのせめてもの小さなアンチテーゼの気持ちで、 昔臭い物語めいた絵を描いている。 こんなことしていて、孤独だし不安だけど、 自分に正直に生きていると、 自分を認めてあげよう。 2018年05月29日 14:00
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