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ユーザー名(ID) らくだ (30187)
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らくだ
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性別 男性
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最近uremaばかり聴いている 2018年08月13日 01:46
「気にしない人が 羨ましい やる気ある人を 直視できない 時間が過ぎて 誰だって忘れる でも恐怖心と劣等感が きえなかった」 「響かない部屋」- それでも世界が続くなら https://youtu.be/CZSEq-T6bpM 2018年08月04日 05:57
. 2018年08月03日 22:28
大人の距離感ってのがわからない。辛そうにしているのを見たり読んだりすると声をかけたくなってしまう。自分の言葉には相手の芳しくない現実に作用する力も、ひとときの安らぎを与える力もないのに。子どもっぽいな。どうにか抜け出してくれって思う。そのままじゃ壊れちゃうよって思う。周りのことがどうにか上手く運びますようにとうんうん唸って念をとばしたりする。柄にもなく、ほんの少しだけ、心配している。 2018年08月02日 21:19
僕は優しい人間ではないけど、僕の知ってる人くらいは幸せになってほしいと思っていて 息苦しい状況にあるあなたが、お腹から思い切り息を吸える環境へと移れますようにと、そしていつかあなたの素敵なところに気づいてくれる素敵な人と出会って、その人と尊重して尊重されるような間柄になれますようにと、嬉しいと感じられる思い出の数が苦しかった記憶を塗りつぶせますようにと その手助けはできないけど なんとなく願ってる 2018年07月30日 01:01
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自分は本当は ポジティブな人間なんだと思う 大概何かあっても しょうがないなで 済ませられる こんな自分だし しょうがないなって それはネガティブでしょって 言われるかもしれないけど 自分の中でこれは ポジティブなものだと認識してる 自分の本来の姿は その辺にいる 浮かれた大学生と変わらない 楽しいことが好きで 嬉しいことが好きで 悲しいことは嫌いで 苦しいことは嫌い そういう薄っぺらい人間 本来はそういう人間 でも 楽しいこと嬉しいことは 好きだけど そんなの自分には ありえないから嫌なふりして 悲しいこと苦しいことは 嫌いだけど 自分にはそれが 相応しいから浸ってるだけ 自分を理解されるのが怖い この薄っぺらさを 知られるのが怖い 人間関係ってのは パズル みたいなものだと 思ってて 形が合えばぴったりはまるし 形が合わなければ はまることはなくて 無理にはめようとすれば 割れて壊れる いつも こんな自分でも 受け入れてくれる パズルのかけらが どっかにいるのかもなんて 思って 思ってしまって でも 自分の薄っぺらな歪さに 辟易して失望して そんな人居るわけないと 思い直して反省するみたいな そんな馬鹿みたいな くだらない日々を生きてた 楽しいや嬉しいを 共有することは 出来る 悲しいや苦しいを 共有することが なんか出来ない 多分この冷たくて自分勝手で ひとつも思いやりのない 自分が抱く 苦しいや悲しいなんて 誰にも理解されるわけないって 思ってるからなんだと思う 悲しいことでも 伝えて欲しいですって 言われたことは 今まで何度かあって でも そういうことを 言ってくれる人に限って 人の苦しみに 泣いてしまうような人ばかりで なんか泣かせるのも もやもやさせるのも嫌で 大丈夫ですよって 拒絶してきた 人と深く関わりそうになるたびに ここで離れれば お互い傷が浅くて済むなって 感じて 拒絶して なんとなく距離を取ってきた そういう計算高い自分が嫌で 向いてないなって何度も思う 今も少し思う でも最近 どうしても 諦めたくないことが出来て なんか柄にもなく 執着してる それが良いことなのか 悪いことなのかは わからない 別にどっちでもいいか かっこつけないで 気取らないで ぐちゃぐちゃになっても なんか 出来れば続けていたいって 思ってしまう 勝手だな いつだって 他人は正しくて 他人の言うことは絶対で 自分の言うこと思うことなんて 間違いばかりだから 何か言われると納得しようとする だから 自分がどこにもいない 別にそれでいいと思ってた へらへら笑って 察して隠して 騙して誤魔化して ひとりぼっちで生きて 死ねそうな時に死ねれば それでいいって でも最近は 自分を生きたくなってる 他人がどうこうじゃなくて 俺自身は何を考えて 何を言いたくて 何を伝えたいのか どこかで聞いたことを 思ったり言ったり するんじゃなくて 俺は何を思ってるのか 俺は何を言いたいのかって 今までそんなこと 考えてこなかったから 変な感じがする 長いこと自分を押し殺して 誰にも自分のことを話さないで 生きてきたから 急に話そうと思っても なんか言葉が出てこない 自分で自分がわからないから 言葉が出てこない それが嫌で 今なんとなく 自分を探してる 生きてきた中で 培ってきた癖って すごく根深くて 気づいたら 何を求めてるのかを考えてたり 空気読んで思ってないこと 言おうとしてたり 嫌になる 言ってることが ころころ変わったり 一貫性がなかったり すぐ忘れたり そういう自分も嫌いで 薄っぺらくて 殺したくなる そういう人間だから 自分は 人と関わることに 資格がないって思う 関わっているときは 無免許運転してるみたいな そういう地に足ついてない感じの 罪悪感を感じる なんかもう そういうの嫌なのに 汚い自分が嫌で 死にたくなる 汚い自分なのに 諦めたくない自分が 嫌で死にたくなる 本当は好きだと感じる他人と 笑って生きたいと思ってる自分が 心の何処かにいることが嫌で 自分を殺したくなる 分不相応な夢を 抱いてる自分が嫌で 死んじゃえよって思う そんな未来くるわけねーよな こんな醜い気持ち悪い卑怯で 自分勝手で薄情な人間に そんな未来ありえねーからって思う 生きたいと思ってる自分が 気持ち悪くて嫌でわけわかんなくて 死にたくなるってなんかもう ほんとわけわかんねーよな もう働きたくない 無理に笑いたくない 何もしたくない 人の目も気にしたくないし 言葉を発したくない 何も考えたくない 自分がわからない こんなに長々と 自分のことばっか書いて 整理しようとしても なんかわかんない わかった気がしない 俺を嫌わない人間の 気が知れない 騙してるからか俺が 良い人を装ってるからか 最低だな 読む人いないだろうけど こんなブログでも 前半と後半で 言ってること変わってるだろうし ほんとなんなんだろな ほんと薄っぺらい自分 わけわかんないな 疲れたもう 明日も働くけど なんかもう 面倒くさいよな 自分が 2018年10月27日 01:40
誰にでも優しくしたいなんて そんな自分の能力の 範疇を超えたこと あんまり 思ってないし 思ったことない でも、 自分が優しくしたいと 思える人には 優しくありたいとは思ってた そんなことを思うから 今まで接してきて 優しいなぁと感じた人の 真似事をするようになった 元々自分は優しくもないし 思いやりも想像力も 足りていないから 言葉や仕草や態度を 真似をして それがたとえ偽りの自分でも いつか本当の自分の姿に 変わっていけばいいなと 思ってた でも真似事は 所詮どこまでいっても真似事で 偽りの自分を重ねすぎて 自分の姿が 見えなくなるだけだった 仕事場では 基本的に何に対しても 大丈夫ですって言うことが いつのまにか 口癖になっている自分に この間気がついた 自分の気持ちを殺すことに 慣れすぎて 自分が本当は何を考えて 何を思っているのかが わからなくなってしまった 場の空気を読んで 今は自分がこういう風に 思ったり発言した方が 都合がいいなって 丸く収まるなって 考えて行動しすぎて 自分が本来 何を感じて 何を思って 何がしたかったのかが わからなくなった 人間はロボットじゃない スイッチ1つで 切り替えられるほど 簡単な生き物じゃない 今までの人生の大部分を 占めるような 仕事先や親と話す時間の中で そんな風にして 生きてきてしまったから いざ、自分の本当を 探そうとしたとき 何もわからなくなった 嘘なんてつきたくないのに 嫌われたくないから 嘘をつく 嫌われることは怖いけど 確かに怖いけど それ以上に そんなこと以上に 自分晒すのが怖かった 本当の自分がわからないから 本来自分が何を思っているのかが わからないから どうしても空気を読んでしまう 演じようとしてしまう 本当の自分がわからないから 想像する 汚くて醜くて最低な自分を 想像する この薄汚れた自分が 本来の自分の姿だと 刷り込んで その苦しみに安心する ちゃんと今日も 死にたいと思えたことに 安心する その息苦しさとか 苦しさとか途方もなさに安心する こうして苦しみの泥沼に 浸かっているうちは 人に優しくなれる気がする 自分が痛みを常に 抱えていれば 誰かの痛みにもちゃんと 寄り添えて 大切にできる気がする 救われたいと思っていながら 救われることが怖い いつかこの痛みを感じなくなったら 俺は今より嫌な人間になる だって自分が一番最低だから 誰のことも尊重できているわけで 今より嫌な人間になるのは嫌だ それだけは嫌だ絶対 自分の醜さについての 理解者なんてどこにもいない だって誰にも本当の自分の 汚さ醜さを 晒せるわけない 今までみたいに 嘘ついて隠して 醜く生きていくしか 俺出来そうにないし 自分を晒す恐怖に勝てないから きっと表面上の誠実さを 取り繕うばかりの 不誠実な自分のままで 死んでいく それでいい 無理に笑って 受け入れられるのも嫌だし 誰にも背負わせたくないし 何より 誰にも見せたくない 他人に裏で否定されて けなされて無視されて 悪口言われて 生きてきたし これ以上はもう、嫌だから 長い間孤独を持って 醜さ汚さ卑怯さを ひとりで抱えて 生きてきたから 良い意味でも 悪い意味でも もう人に期待してない 世の中にも人にも 多分何も期待してない だから生きてこれた これは俺が生きてきた中で 手にした唯一の武器だと思ってる この世の中にも人にも 何も期待感がない 絶望して生きていくことが 唯一の道だと思ってる だから 偽りの姿でも 他人に愛される日がくるなら もうそれでいい 死ぬ前に 偽りの自分でも 本当の汚さ醜さを 卑怯に隠して作った 作り物の偽物の自分でも 愛された瞬間があったって そんなに悪い人ばかりの 嫌な世の中じゃなかったって 死ぬ前に思えるなら それでいい 出来れば泣きながらでも 最後は笑って死にたい それぐらい 期待して望んでも いいよなぁって 思う 2018年10月17日 01:47
本当の自分は 自分の中にしかいない 他人に迷惑をかけて 理不尽に傷をつけて 自分の欲を満たそうとする 犯罪者がすごく嫌いだった でも 彼らの気持ちが わかってしまう 自分も確かにいた 自身が元々持っている 性質というか特徴が 到底、 誰にも受け入れてもらえるような ものじゃなかったり 法に触れてしまうような欲望を 生まれた時から抱えて 生きていた場合 抑圧された衝動や負の感情は 次第に心の底に溜まっていく 多分これが 爆発したんだろうなって 性善説を支持しているわけでは 決してないし 快楽的な衝動に身を任せて 法を犯す最低な奴らもいるけど 犯罪報道をみて そんなことを 思うようになって 自分も似たようなものだなと 思うようになった 誰かを傷つけて不幸に してしまうような欲求は 自分の中には多分ないけど 恐らくは誰にも 受け入れられないような自分が 自分の中には確実に居て 汚く甘えた どうしようもなく醜い自分が ここに居る 綺麗なものは美しいけど 汚いものが醜いとは 思わない でも 汚くて醜い自分は いつも ここにいる 例えば仮に 奇跡みたいに 受け入れてもらえたり 肯定してもらえたとして そんな幻想のようなことが 仮に、例えば、あったとしても、 多分、 汚いものは汚くて 醜いものは醜くて 見方が変わっても この事実は変わらない ずっと 自分が変わらない限りは ずっと 汚く醜いまま 常軌を逸した汚さや醜さを 抱えて隠して生きるのは 割と体力がいる 苦しみから逃げるために 休めば休むほど 逃げれば逃げるほど 益々自分は醜くなり あってなかったような ほんの欠けらのような 自分自身の人間としての価値が マイナスに向かっていく 努力を拒んで 伝えることを拒めば あとは死しか希望がない もうそれでいいと なんとなく感じてる 幼い頃から努力がずっと 上手くできなくて 何も続けてやれない 計画通り少しもできなくて 色んな方法を試してはみたけど 上手くいかなかった まぁこんなことも 結局は言い訳で 怠惰な自分を 肯定するための言い訳 守る価値のある自分なんて どこにもいないのに こういう自分が本当に憎く思う 憎いなら苦しいなら 変われって思うけど やっぱりダメだの繰り返し 日々人と関わる中で 自分の歪さを感じる 物心ついて 自分の醜さを実感した時から この醜さがバレないようにと 必死に隠しながら いつかバレるんじゃないかと 怯えながら 緊張の中で生きてる いつかこの緊張の糸が切れて 全てがどうでもよくなって ロープを携え 近所の公園に向かう自分の姿を 望んでる あの時ドアノブが外れて 失敗した日の続きを 望んでる 死ぬ勇気なんか ないのかもしれないと 感じてる 思いつきみたいに 遺書を書き 気まぐれに駅に向かって 一歩踏み出して それで終わり 多分そんなもんなんだと 感じてる 自分にそんな思いつきが 降ってきて 救われる日を 望んでる ずっと 2018年09月22日 16:52
楽しいこと 嬉しいと思えること 探さなきゃ 気持ちをそっちに向かわせて あれからは目を背けて なかったことにして やらなきゃいけないこと やらなきゃ 病気のせいにしてないで 薬飲んで やらなきゃ 何もしたくない なにもかんがえたくない 本当はさ 楽しそうにしてる人とか 幸せそうな人とかみると もやもやするんだ もっと嫌な言い方をすれば むかむかする どうしておれはこんななのに あなたたちはそんな顔で 笑えるのって でもこんなこと思いたくないから 比べることすらせず 違う世界の人間だと 思い込むようにして 嫌らしい汚い自分を隠している 何がしたいんだろうな こんなこといってもう 何年たってんだよ 変わる気あんのか俺は 自分でもおもう まだ言ってんのかよって 本当は辛くも苦しくもないんじゃないのかって 自分でもおもうんだよ はぁ もういやだ 逃げたい なんでこんな風に生まれて育ったのかと 今更考えたところで 無駄なことばかり考えて 考えなきゃいけないことは 転職先将来の展望金銭の工面とかそんなんだろ 生きる意味とか人に受け入れられたいとか優しくなりたいとかそんなことじゃないだろ やっぱ逃げてんのかな俺は 甘えてんのかな 同情して欲しいのかな 哀れんで欲しいのかな 可哀想だねってよく頑張ってるねって言って欲しいのかな そんなの、いらないよ 誰もいらない思いやりも優しさも何もかも 貰っても返せないから俺には 思いやりも優しさも持ってないんだ俺は 貰っても返せないよ 貰ってばかりはいやだ 片方が充足感を得て 片方が苦しむだけの人間関係なんて 反吐がでる だってそうじゃないか 相手は人間なんだぞ 物じゃないんだよ ちゃんと心があって脳みそがあって 体があって寒さも暖かさも感じる ちゃんと傷つくんだよ そのことも理解せず 自分の私欲のために 物みたいに他人を扱うやつなんて そいつはもう人間じゃないよ だから ひとりでいい、 上手く出来ないから 傷つけるのも気を遣わせるのも もういやだ 相手を想ってのことではなく あの罪悪感がくるしいんだ 関係なら浅い関係でいい 人の心に触れる資格を自分は 2年前に無くしたはずだった 浅ましい孤独感にとらわれて 人とのつながりを求めるのは もうやめる 誰にも心は開かないし 開いてもらおうとも思わない ひとりぼっちで生きて死ぬ 孤独が楽なわけないのは知ってる 嫌という程知ってる 本当に嫌という程 でも耐えられない 誰かに受け入れてもらおうと 頑張るのも 傷つけた時の罪悪感もこんなクズ人間みたいな自分に気を遣わせるのも もう耐えられない苦しい 本当は喉から手が出るほど欲しいよ 恥ずかしいけどすごく恥ずかしいけど 本当は欲しいんだ 同性の気の置けない友達とか 仲良しな恋人とか 死ぬまで面倒みあう家族とか 本当は欲しいよ でも無理だ、もう苦しい、耐えられない 傷つけるのがこわい、 だからもう全部いらない 全部いらない そこへつながる可能性も 希望も種も何もいらない 人と関わらなければ 傷つけないで済むよ そのかわり何もないけど 何も起こらないし 何も感じなくなる あと思いやりとか そういう温かい感情が 薄くなっていく だから 人は信用しないって言う人が 近くにいたら こっちに来ちゃだめだよ って多分自分は言う 本能に負けない強い理性と 死ぬ勇気ほしい 揺るぎない生きる理由がほしい しにたいもう それだけ 2018年04月05日 16:46
最近何をやっても なんだか楽しいと思えなくて 以前までは楽しいと 思えてたことも 習慣でやってるだけと言うか 惰性というか 本当にただの時間潰しみたいに なってきていて それがすごく 寂しい気がしたので 今まで楽しかったことを 思い出して書き出して 次の休みに何かしてみようと思う >高2の頃はじめてギターに触った 雷に打たれたとか そういうのはなかったけど なんとなく練習し始めた ライブDVDの音源と合わせて 弾いてみるのは楽しかった、と思う 最近はもう惰性というか twitterで たまに弾き語りの動画を あげたりするくらいにしか 触らなくなってしまったけど せっかく去年 新しいアコギを買ったから もうちょっと何か 練習してみようかと思う >中学一年生のころはじめて まともに本を読んだ 池袋ウエストゲートパーク って小説で 少年漫画みたいで 読みやすくて 悪い人がたくさん出てくるんだけど 自由に自分の思ったように生きてる そんな登場人物たちに憧れた 学校の休み時間は 机の木目と本の文字を 行ったり来たりしたり 保健室で本読んだり 昔の自分の思い出には 近くに 本があったような気がする あまりたくさんは読めなくて 同じ本を何回も読んだり する方が好きだった 最近は 何もかも憂鬱な夜に っていう小説を読んだ 明るい内容ではないけど 読んで良かったと思える本だった 読書も、眠れない夜に 孤独感をごまかすために なんとなく読んでるだけで 別に楽しいとか 最近は感じない 恋愛絡みの本は読みたくないとか 青春モノは読みたくないとか 基本的にそうやって 読めそうな本を探してる感じ だったから 読みたいと思える本を 探してみようと思う >音楽が好きかもと思ったのは よく覚えてないけど多分 小学校の6年生くらい 親が新しいiPodを買うというから お下がりで古いiPodをもらって それに入ってた曲を聴いてた そのiPodの中には コブクロとかサスケとか 入ってて そういう流行りのポップスを よく聴いてた その頃自分は 公文に通っていて いじめられないだけ 学校よりはマシだったんだけど でもそこでもなんとなく ひとりぼっちだったから 公文もだんだん 行きたくなくなっていって じいちゃんに買ってもらった 水色のマウンテンバイクで iPodの音楽を聴きながら 公文サボって ひとりで色んなところに行った どうしても学校に行きたくなくて 雨降ってる中 バス停で雨宿りしながら 音楽聴いて ひとりで泣いてたことも なんとなく覚えてる >最近さ ひとりぼっちがまた なんとなく苦しくなってきて 自分で望んだことだし 色々な人を拒絶してるのも 自分なんだけど でもこうやって 今までの人生で 楽しかったことを 振り返ってみると その思い出の中には 自分以外の人なんていなくて 全部ひとりぼっちだったなって ちょっと気がついてさ じゃあ子供の頃みたいに ひとりぼっちでも なんか自分が 楽しいと思えるようなこと 探して見つけられれば 少しは生きたいと 思えるのかなとか 少しは変われるのかなとか 思ったりして 死ぬ勇気が どうしても湧かなくて 怖くて 死なないなら 生きるしかないし どうせ生きるなら 苦しいのは嫌だから 苦しめるのも嫌だし ひとりぼっちでどうにか ひっそり、生きて死にたい 本心では 誰かと、と思ったりとか する日もあるんだけど 傷つけるのも嫌われるのも 期待に応えるのも、多分 できないから 死ぬまでひとりぼっちで 心からの強がりで 全部拒絶して 生きていけたらと 思う 何か楽しいと思えるような 糧を探して >誰も読んでないと思うけど 無駄に長いくせに 楽しい内容じゃないし 自分語りばっかで すみません、 2018年03月08日 19:37
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