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メンタルヘルス セルフチェック

ユーザー名(ID) 圭輔 (27236)
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圭輔
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性別 その他  流行りの言葉で言うならジェンダーレス。
生年月日 21歳
血液型 B型
居住地 東京都
趣味 創作・金属・資格・隙あらば昼寝
自己紹介 工業系大学生。テンションがどことなく体育会系な機械専攻に所属してます。

アスペルガー、ADHD、うつ病、パニック障害、複雑性PTSD、解離性健忘の六重苦。入眠障害、自傷行為、フラッシュバックに希死念慮と色んなお友達とおててをつないで、ともすれば引きずり込まれそうな綱引きをしながら基本的には軽く楽しく生きています。大うつ病というより、反復性短期抑うつ障害を疑ってる。・・とはいえ、解離性同一性障害の疑い強し。

母親が恐らく境界性。両親が離婚したものの父が危うい。。

進級確定しました。やったね!

死体は二度死ねないらしい。死んだ正常は元には戻らないようです。


気軽にメッセ下さい。
ただし説教と出会い厨は丁重さかなぐり捨ててお断り。
トリセツ作りました↓
https://attorisetsu.jp/solidshae
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Twitterの趣味垢にて。この時期なせいか「文学部史学科に進学できました!」みたいなツイートがRTで回ってくるたび、二つの感情が渦巻く。一つは「羨ましい」で、もう一つは「とはいえ進学後就職どうすんの?圧倒的不利じゃんw」。歴史、大好きなんだがなぁ、さらに言えば機械だって大好きなんだけど。多分これはもう一つの道を選ばなかった高校1年の自分へのひがみだ。 2019年04月04日 00:20
寝ても寝ても眠い、起きても眠いし頭が痛い。何なんだろ、春眠暁を覚えず、的な? 2019年04月02日 03:25
頑張れと言われるのも疲れたし、このときばかりは能天気な弟の声も母の下らん話も苛々しかしない。何だよ、頑張れ頑張れって、人の気も知れずにさぁ。頑張ってだめだったからこうなってんだろ、無理してバイトまで増やしたってのに、 2019年03月04日 13:15
覚悟が決まるとアレね、意外と心穏やかになるものだわ 2019年02月27日 13:08
うあああああもう目がかゆい!!花粉症がしんどい! 2019年02月22日 16:34
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 ひっそりとだったら吐いてもいいじゃない、弱音。  今の段階だと進級が難しそう。自動制御工学がどうしても。んでそれがだめだとなし崩しにC言語、機構学もダメになりそう。んで、留年になれば金銭的に退学は決定。  両親のせいだ、こんな変な時期に突然離婚とか言って毎晩毎晩電話してきて、突然仕送り打ち切ると言われ、バイト増やすことに奔走して、年度末の保険料どうしようとか、そんな事ばっかり考えさせられて。・・・とはいえ、勉強しなかったのは僕。僕が悪いのだ。  小・中をいい成績で過ごし、高校は地元の進学校に通い。4年制国立大を出て、普通に正社員として働くんだと当然のように思っていたというのに、今更こんな状態になっても、正直何をどうしたらいいのかが分からない。プライドが高いだけだとか、フリーターでもいいんじゃないの、とか色々あるかもしれんけど。違う、そういう風にずっと生きると教え込まれてきてたから。  全部で40-50はある科目の中で、成績が悪いのはその3科目だけ。アスペルガーのせいだ、親が変な時期に離婚したせいだ、お金がないせいだ、心が壊れてるせいだ。・・・いろんなもののせいにしたいけど、結局悪いのは全部僕。  僕が東京で離れて暮らし始めて約2年。もう両親は離婚したから、あの人たちに僕が必要な理由はない。むしろ、別れた父は僕の寮費を払うっつってるらしいからそれ払わなくてよくなるなら、母は月1万の仕送りを送らなくてよくなるなら――あの人らにとっても、多分僕はいなくても問題ないどころかぶっちゃけいない方が楽でいいだろう。しかも、せっかく大学行かせたのに遊んでて留年して、的なね。違うといいたいけど、多分その通りだから。帰る場所なんてないし。  とりあえず、ここ2年で買った本をまず処分することにした。引っ越すにしても地元に戻るにしても死ぬにしても邪魔だし。今なら買取金額30%UPキャンペーンやってるらしいのでね。ちょうどいいや。 なんだかもう、進級させてくれと、先生に頭を下げに行く気力さえ、ない。進級したいはずなのにね、どうしちゃったんだろうね。 2019年02月27日 12:28
 トップバリュのほうじ茶が好きだ。味は薄めだが、苦くないし緑茶っぽさがない。コスパもいいし、大体イオン系列のお店ならどこにでも売っている。・・・が、最近寮のそこそこ近所の系列店で、売らなくなってしまったのだ。困った。  が、12月末から正月にかけて帰省する予定だったので、向こうのイオンに行く機会があったら買おうと思った。祖母の現住所の割と近くにイオンがあるのだ。そんな調子で帰省当日、朝一で池袋の東武百貨店で土産を買ってから高速バス乗り場に向かった。その矢先だったのだ。  久々の、パニック発作。あれは、確実にそうだった。  10時前後の急行電車、あと止まるのは2駅、時間にして池袋まで7分程度だった。不愉快な乗り物酔いのようなものに襲われ、だんだんとそれが強くなっていて、動悸、めまい、等々懐かしのあの症状が。込み合っている車内、幸いにもドア付近だったのでずっと耐えて窓のそとを見つめていたのだが、手は震えて、ある訳ない、そんなはずないと自分に言い聞かせながらもやはり。 「死ぬかもしれないと本気で思った」  パニック発作なんて、もう1年以上起こしてなかったのにね。  グロッキー状態で何とか買い物を終え、バス乗り場に着いたのは予定時間の10分前。少し早く着き過ぎたな、と思いながら、乗り場最寄りのコンビニで多少暇をつぶして買い物をし、バスに乗り込んだころにはめまいや吐き気で死にそうだった。もう、揺れる車体ですら気持ち悪い。かといって、もうどうしようもない。仕方がないので、昼ご飯も抜いてひたすら寝て過ごした。パニック発作はもう収まっていたが、同じ空間に人がいる、というのに、久々にひどく恐怖を覚え、今すぐ腕を切りたいと、やはりこれも久々な感覚に襲われ、そんなこんなでも無事にバスは地元のバス乗降所につき、僕は地元に雪の大地に降り立った。  今回こそ。今回こそ母を怒らせず、上手くやるんだと。言動にも細心の注意を払い、気を遣い、言葉にを気を付け、余計な事を言わぬよう―――自室にいると母は機嫌が悪くなるので、リビングになるべく常駐したりして。まぁ、無駄だったのだけれど。やっぱり僕は、誰ともうまくやれないのだ。結局、泣かなければならない羽目になった。僕だって、別に好きでそのタイミングで泣きたい訳じゃないのだけど。そこ制御できないんだもん、仕方ないじゃないか。でも、反論はしなかった。もう、いっそ壊れるところまで壊してくれなんて、考えながら。  帰省期間の中頃に母ともめて以来、もめたり仲良しごっこしたりを繰り返して、不信感とやはり懐かしの絶望をかみしめたりしながら日曜日、僕は東京に戻った。予想していた渋滞も大したことなく。電車に乗るのは怖かったが、各駅停車でゆっくり帰った。よく分からない吐き気と、次の春休みの帰省はやめよう、という思いを抱えて。期待していなかった分ダメージは小さかったが、言ってもいないことを言った言ったとはやし立てられ、反論する気も失せるほど否定され、また生活費のことを言われ、学校を、進路を、まあ馬鹿にされ。電車から降りた時、頭が痛くてどうしようもなかった。寮に戻って夕食を食べ。頭痛薬と胃薬を一気に流し込んで1時間後。風呂に入ってようやく治まった。ホント、一体何に生かされてんだろうね、僕は。  母は母で、多分本人に自覚はないだろうけど病気なのだ。だから、許せはしないけど改善も望まない。ただ、静かに、互いにやれればいいだけ。だから、今回は弟の高校受験前最後の休暇だったから帰ったのだ。せめて、あの母から逃げ出した僕の代わりに身代わりになってくれてる父や弟と話をしたかったからだ。だから春休み、もう弟は受験も終わってる訳だし、言ってもいない架空の僕の発言のせいで母との春休みの二人旅行もぽしゃったところなので、適当にバイトを理由に帰省はしないつもりでいた。これで次は夏までお役御免だ、とか思ってた矢先。母からメールが届いた。you got mail。目を疑った。  ざっくり言うと、「長い距離を掛けて帰省してくれてありがとうございました」「帰って来てくれてとても楽しかったです」「次は弟の合格祝いと(僕)の進級祝いをしたいから、3月半ばあたりに帰って来てくれると嬉しいです」・・・そんな感じの事が書いてあった。まるで、何かを取り繕うかのような、変なメールだった。他人が書いたかのような、違和感しかないメール。いや、毎度帰省してもこんなん送ってこんかったやろ。意図が、読めない。父が何か言ったのか?だとしたら後で文句を言われるに決まってる。・・・ああ、また腹の探り合いだ。おえって、なっちゃうね。  やり過ぎない程度に、そっと手首に剃刀を走らせた。赤いぽつぽつが、滲む。一体いつになったら、パニックは収まり、頭は痛くなくなり、自傷は止むんだろう。地元のイオンで手に入れたほうじ茶を、久々にすすりながら呆然と考える。一生こんなことが続くのか。僕、きちんと仕事して、生きていけるんだろうか。いや、まぁいざとなったらねぇ、って話なんだけど。とりあえず、お先は相変わらず真っ暗だ。  プロフィールにも書いた通り、冥府の門に飛び込みたい。もう、一度直接あの暴言の嵐に遭うと、しばらく何をしていてもあの人の批判が聞こえてくるようで頭を抱えたくなる。ぬるいほうじ茶。そういえば、これを最初に東京に来た時に持たせてくれたのも、母だったか。  もう寝よう。パソコンを閉じて。明日は2限からだからゆっくり寝てられるし。そしてまた授業漬けの日々に戻るのだ。きっと1週間もたてば僕の鳥頭のことだ、すぐに全部忘れてしまうんだろうから。 久しぶりのほうじ茶と、規制の電車と高速バス。 2019年01月07日 02:21
とりあえず、雑多なメモ。 ・勉強 ・母と同じ部屋にいないように ・余計なこと言わない ・反論しない ・体調悪いと言わない ・にこにこしてる ・お金を払わせない ・今回なんてまだ払ってもらってないはず→食費?帰省自体を控える ・体調悪いは絶対禁句 ・反論=幼稚。反論しない。all yes ・考えない。響かせない。 ・皮肉を理解する。疑ってかかれ、裏の意味を考えろ ・早起き よしよし 明後日が終われば実質終わり、したら帰れるんだから。 あと二日、笑って、極力離れて、うん、母に。 心なんて死んどけ、意思もまとめて死んどけ 自分の意見なんて要らない、意思なんて要らない よしよし。 2019年01月02日 21:52
 今日はいつものようなダルッとした暗い韻踏みごっこではなく、思った事を述べる回にしたいと思うのだけれど。  擬人化。  僕の、変な特技だそうだ。  例えば、日常のカウンセリング時、僕は頭の中を4人に分けて説明している。記憶、身体、意思、思考だ。確実に、それぞれ性格を併せ持った人だと認知してる。これは(恐らく僕の離人的アレに由来するものだとは思うが)去年のカウンセラーと話すうちに自分でくみ上げた・・発見した?ものであり、今年度に入って変わった新しいカウンセラーは、理解するために相当時間がかかったようだった。  あ、スピリチュアルな話では全くありませんよ。  意思の仕事は、表で喋ることである。つまり、今ブログを書いている僕。行動する。〇〇しないと、とタスクに立ち向かわせる。感情の担当だったり、何気に忙しい割に大変脆いのだ。負荷がかかり続けるとすぐに能力が落ちてへばって、最後にはチーンとなる。  意思と相対して存在するのが、思考だ。大変理屈っぽい。目の前の状況を良くも悪くも分析して突き詰めることだけが仕事なので、まぁ理屈っぽいのなんの。フラッシュバックが起こっているとき、いちいちその場の状況を説明してくれるのも奴だ。性格は良くないと思う、知識があるので他人を見下しがち。意思の一段階↓にいるので、意思が死なない限り表に出ることはない。  体。奴はもう全く分からない。正直意思や思考のように考える力はなさそうで、本能のままに動くのがお仕事だ。だから、意思が死に、思考も弱ってダウンすると、そのさらに一つ下の体が「僕」のかじ取りをするのだが、そうするともう食べ物の衝動買いだのなんだのが酷い。食べたいから、という理由だけだろうな。小学校低学年くらいの年だと思ってる。  そして最後、最下層に広い部屋を持ってひっそりと生きる記憶だ。奴は奴で何を考えているのかさっぱり分からないが、膨大な記憶の整理をし、ファイリングをし、本棚に片付ける。巨大で真っ暗な図書室に奴はいるぞ。ぐっと年上の男。奴の仕事がオーバーフローするとフラッシュバックが起こってもれなく意志が死ぬ。  弱ってダウンするのは、意思→思考→体→記憶の順で固定だ。そして上位がダウンするたび、「僕」を動かすかじ取り役は下に下げられていく。と、あまりに僕がそれを明確に他人事のように(本当に僕からすると同居人が好き勝手やってるような感じなんだけど)話すので、「ちょっと、人格多くない?」と疑われたこともあるくらいだ。あ、多くはないです。あまりに繋がっていないなくて同居人レベルに分断されているので、こう勘違いされたって話。  あとは、物に謝る癖がある。実習で金属加工をすることが多い圭輔だけど、まぁ、良く物を落とす。工具も部品も落とす。・・謝っちゃうんだよなぁ、「あっごめんね!」とか。人にぶつかったときと同じ感じ。そしてぶつかった部分をちょっとさすってやる。だって、痛いじゃない、ぶつけられたり落されたりした部分。・・・というのを冗談抜きで本気でやってしまうので、周りからは当惑される。  文章を書くのが好きだ。無駄に語彙はあるせいでぽろぽろ文章が湧いてくる。けれど、やっぱり擬人化の多用が多い(表現力があると評価されれば聞こえはいいものの)。そして、うっかりそれを日常会話に持ち込んでしまう。「君のノート、ずっとそこで退屈してたよ(置き忘れてたよって話)」「ちょっとね、今日机の角に嫌われて(何度も角に足ぶつけたとか)」・・・わざとじゃないんだ。そして考えてる訳でもない。普通に、周りの人と同じように話しているのにこう言ってしまう。それを当たり前だけど真顔で言うもんだから、周りも変な顔する。何、その言い方、って。 ということでさっき、ふと気になって調べてみた訳だが。どうも擬人化というのは言語能力ありきのものらしいのだ。という僕は、言語理解だけが突出しておりあとはぼちぼち(処理速度は100下回るよね)ということなので、まぁ、確かにそれだったら仕方ないのかもしれないなぁと思った。コミュニケーションに難がある、要は世間一般で言われるコミュ障とは別種なのかもしれないが、僕もやっぱり、普通の人と同じようなコミュニケーション能力というのは持ち合わせていないっぽい。喋る相手にはよく喋るので、多分コミュニケーションに障害は無いと思ってたんだけどね、それだけじゃないっぽい。  明日から集中実習だ。授業はなくなり、その代わり8:45から17:00まで延々と金属加工、これを9日間。昨日の通常の実習では、けがはしたし寸法はミスったしで大変だった。操作は慣れてもそういうミスは減らない。気をつけねばと思うのだけど、それが出来たら苦労しない。  週末、日曜日には全く勉強できていないが甲種危険物取扱者の二度目の試験だ。なんとか、なるといいんだけど。とりあえず、明日から頑張って勉強します。  だらっとしたメモ書きのような。 2018年12月13日 01:54
 唐突だが、僕は右利きである。となれば、当然箸を持つのもペンを持つのも右手だ。  無論、カミソリを持つのだって。  そんな僕だが、今、右腕の傷をぼーっと眺めている。真新しいものじゃないよ、おとといの前の日の話だ。利き手であるはずの右手に傷を作る程、荒れていたらしい。そんな僕の、与太話。  ご存知の通り、定期的に体調を崩しては授業を休み、を繰り返している僕だが、見事2年生に上がり、前期の科目で3科目が今のところ不合格扱いになっている。ということを確定で知ったのが月曜日だったのだ。  担任から成績表を渡された。その時、こちらの顔も見ずに担任が言った一言が。  予想以上に、刺さった。 『体調不良は言い訳にはならないぞ』  言い訳、だって。  僕、言い訳なんてしてません。  だって。だって。体調悪くたって、授業休む時は毎度無断欠席で。体調不良のせいで、だなんて、ほとんど言った事が無いもの。何故って?何故ってね、そりゃ。  体調不良を言い訳にしたところで、理解して貰えるわけないのが分かってるからだよ。  惨めなだけじゃんかね、そして白い目で見られるだけ。それが分かってて、どうしてそんな言い訳をしようものか。・・・決して、それを言い訳にしている人間だと思われたくないから。なら、さぼりと思ってくれて構わない、と、僕はずっと、授業を欠席するときは無断欠席にしてきたのだ。それを、いいわけに、だって?  高校の時、初めての抗うつ剤で授業に出席することがままならなくなった。その時、散々母親に言われたのだ。「お前のそれは単なるサボりだろ」、と。だから、だったら、サボりと思ってくれと、どうせお前ら、何がどう体調に響いているかもわからないくせに、と。心配ではなく、軽蔑が来ると分かっているから。黙っていたのに。辛くても、体調不良を言い訳にせず、耐えていたというのに。  今まで自制していた箍が、ぶっ壊れた。  元々、追試が重なるプレッシャーに加え、11月中旬のとある国家試験の勉強が間に合っておらず、非常に僕は焦っていた。その中で、例のごとく周期的な体調悪化が重なり、それでも何とかやらねば、授業に出ねば、ともがいていたのだ。それを、言い訳と一蹴されて。もう、頭の中がぐちゃぐちゃだった。そしてその晩、どころか眠れず明け方、ふと体を起こした僕は、利き手ではない左手でカミソリを持ったのだ。  以前のブログでも述べたが、利き手ではない方でカミソリを持つというのは、「力の加減がしにくい為、利き手で切るより深く切れるから」という理由がある。血を見るまで、収まらない絶望。そして、血を見るたびふつふつと湧いては僕を優しく包み込む、自殺願望とドーパミンと歓喜。疲れてベッドにもぐったときには、午前6時を回っていた。もう、休んだら作業の遅れで地獄を見るハメになるであろう実習のことなどどうでもよくて、午前9時、周りが授業に向かったその頃、ようやく僕は眠りにつけた。  以来、ここ数日、タナトスが、死が、僕に呼び掛けつづけている。もう、生きるメリットが無くなっただろう?と。未来の展望はない、どころかこれから社会に出たとして、やはり人と同じようにできない自分にまた絶望しなければならないのかという悲しさや、理解されない苦しさを死ぬまで味わい続けなくてはならない、というもはや死刑宣告。なら、死ねば終わるのだと。両親にも、あまり騒いで受験期の弟の邪魔をしないでほしい、と言われたばかりだ。もう、僕には、割と正真正銘味方がいない。なら?ならば。だが、実行する前に体力が尽きた。まともに食事をとっていなかったせいか、死ぬ気力すら失せ始めてきたのだ。  今までにも希死念慮に付きまとわれたことは多々あったが、今回は割と終わりが見えない。今日は久々のカウンセリング、ありのままを話したら、何故か自然と涙が出ていた。バイト、頭が痛いから行きたくないなぁ。そんなことを口にしたら、カウンセラーは「いや、今みたいな状況ならなおさら行くべき。一人にするのはちょっと不安」と返してきた。まあ、その通りだ。ということで、1時間ほど前に帰宅したばかりである。  この記事を書き殴りながら、鎮痛剤の効かない頭痛を抱え、スープ春雨を飲み干した。夜食、食べたんだから朝昼食ってないのは許してね。買っといて正解だったなぁと思いつつ、ごちそうさま。じきにある文化祭で両親が来るらしいので、もう迂闊に腕は切れない。  一寸先は闇。後ろを振り返っても闇。正気に戻ることはできず、かといって狂うことも許されない。ある種の拷問のような日々、今回はなかなか終わる気がしないでいる。  早く、この希死念慮がどこかにいってくれたらいいのにな。そうすれば、せめて気持ちが揺らぐことはなくなるだろうに。  疲れた。  バイト後のスープ春雨と、右腕の傷。 2018年11月02日 00:52
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Re:離婚した父の状態がまずいらしいのですが 2019年03月14日 21:56
Re:離婚した父の状態がまずいらしいのですが 2019年03月12日 00:58
離婚した父の状態がまずいらしいのですが 2019年03月12日 00:15
Re:ODは自傷であってる? 2019年01月18日 17:28
Re:ADHD?(長文失礼します) 2019年01月18日 17:03
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