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境界性パーソナリティ障害

男性 ポロリ 35歳  /  大阪府 iPhone 2018年07月20日(金) 00:38
投稿ID:69045
十数年前に
荒れていた時期に友人に境界例だと言われ、当時かかっていたカウンセラーに聞いてもはっきりとは答えられずに過ごしてきました。

本当に境界例だったのか?だとしたら今はもう寛解したのかな?
正直、考え方の偏りはまだ残ってると感じます。

今は家庭を持ってしまい、誰にも知られたくはないので誰にも気付かれずに調べる事は可能なのかな?
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男性 ポロリ 35歳  /  大阪府 iPhone 2018年07月20日(金) 12:24
投稿ID:69056
ご返答ありがとうございます。

クリニックに通えればベストなのですが、保険を使うと家族に知られてしまいます、、、
無料のカウンセリング等がそこまで対応してくれているならいいのですが、診断が出てもやはり有料の治療は費用の捻出が出来ずで、、、

ご自身の事をお話いただき、ありがとうございます。
ネムリ様は症状は良くなりましたか?
もし良くなっているのなら、それはどんな時にそう感じるものでしょうか?

質問ばかりで申し訳ないです、、、
  • 0
女性 リトルミィ 京都府 PC 2018年07月20日(金) 19:26
投稿ID:69061
18年前くらいに境界例と診断された者です。
今はほとんど治ってます。
境界性パーソナリティー障害が治る要因で一番多いのが加齢です。私もそれで治ったかな?と思ってます。

境界性パーソナリティー障害は医師でも診断が難しい疾患です。
だから友人に言われたことをそのまま受け止める必要はないと思います。
私の担当医は私を境界例と言いました。しかしカウンセラーは境界例とは言い切れないと言いました。
カウンセラーは私が「自分は境界例だ」と思わないでいられるように、境界例ではないと言ってくれたのかも?と思ったり。
自分が何か分からないということは私を悩ませたけど、その反面、私はどう生きたいか・どう生きるべきかということを深く考えさせてもくれました。

ポロリさんは何らかの生きづらさを感じていて、自分は境界性パーソナリティー障害なんじゃないかと思われてるんだと思います。
私は医師による問診で境界例と診断されました。
無料のカウンセリングというのは役所で行ってる病気の相談のことを指してるのでしょうか?
相談に乗ってくれた人によって境界性パーソナリティー障害と言われるかもしれないし、何も問題ないと言われるかもしれないし、何か別の全然違う疾患と言われるかもしれません。現状家庭も持てて仕事もできてるから多分境界性パーソナリティー障害と言われることはないと思います。
また、仮に境界性パーソナリティー障害と言われても、薬で治せる疾患ではないから、治療はカウンセリングが中心になります。だから家族に隠して病院に行く必要はないです。病院では治らないので…
カウンセリングに通えないなら自力で何とかするしかないですね。気の持ちよう・心構えでずいぶん変わってきますよ。

私は常々、自分が何の病気かということは大して大きな問題じゃないと考えています。
現在私は双極性障害とADHDを持ってます。
でも双極性障害やADHDの治療をしているわけではなく、生きにくいと感じてることを少しでも生きやすくする方法を探してるという感じです。

ポロリさんが境界性パーソナリティー障害かどうかということは大きな問題じゃない気がします。
何か生きづらさを感じてるなら、それをどうにかする方法を探してみましょう。
私で良ければ相談乗ります。

最初に「私は境界性パーソナリティー障害が治った」って書いたけど、今も境界性パーソナリティー障害っぽい気質はあります。境界性パーソナリティー障害ってうつ病のようにある日突然やってくるものではなく、元々そういう気質があって、それを拗らせると境界性パーソナリティー障害という名前を付けられるだけだと思います。
私が治ったと感じたのは5年くらい前にひどいうつ状態から抜けられたとき、同時に境界性パーソナリティー障害もなくなったと感じました。
それまでは過去や未来、自分と他人、そんなようなことばかり考えていました。
幸せを感じる瞬間があっても、その1日後には不幸のどん底に落ちてしまうような人生。こんなことがずっと続くのかと思うと、生きてるのが嫌になりました。
でも自分の意識を「今この瞬間」に向けられるようになって、全てのことが楽になった気がします。
不孝なまま生きていたくないという考えから、今までどん底だって乗り越えてこれたんだから、これから先だって何とかなっていくだろうって思えるようになりました。

境界性パーソナリティー障害は私にとって「台風一過」でした。
本当に自分が壊れると思ったけど、過ぎてしまえば「私は本当に境界性パーソナリティー障害だったのかな?」と思うくらい穏やかになりました。
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男性 ポロリ 35歳  /  大阪府 iPhone 2018年07月21日(土) 12:27
投稿ID:69084
ご返答ありがとうございます。
荒れていた当初と比べると、体調不良や生きづらさを感じる事は少なくなりました。
確かに今は境界例だと診断された所で、特に問題は無いのかもしれませんね。

初めて境界例と言われた時はよくわからずに、どういうものなのか調べていました。
本当に自分がそうなのかはさておき、周りからはそういう風に見えている事にショックを受けました。

そこからは、自分がこんな人間だからみんな居なくなるんだと色々諦めました。
自分の思う「分かり合う」だとか「信頼する」とかが病気の症状だと思っていれば、どうでもよくなってしまいましたね。

と、こんな風に悪い意味でも受け入れてしまえば少し気分も楽にはなりました。
今は生きている事が幸せだとは思いませんが、苦痛を感じるほどでもないです。

これが正しいとは思えないのですが、自力での解決なもんでこんな形になってしまいました。
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男性 ポロリ 35歳  /  大阪府 iPhone 2018年07月21日(土) 13:23
投稿ID:69089
こんな相談に乗って頂いただけでも、ありがたく思いますよ。

そういう風に思える方と巡り会えると、幸せですよね。
自然な姿を受け入れて貰える事で、安心を得られるという事なのかな?

空虚感…
何となくわかります
当時は何処へ行っても、誰と何をしてもその感覚が取れませんでした。

それがなくなったら、本当に大丈夫なんだろうなと思います。
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女性 リトルミィ 京都府 PC 2018年07月21日(土) 14:24
投稿ID:69095
諦めること、私は間違ってることだとは思わないですよ。
私にも人と同じようにできないことがたくさんあるけれど、自分にできることで人生を楽しんで生きていこうと思っています。
正社員として働いたり、子供を持ったり、たくさんの友達を持ったり。
境界性パーソナリティー障害のせいではなく双極性障害などもあってできませんが、それはもう仕方ないです。

「境界例だ」と言ったのはその友人の他にもいたんでしょうか?
ポロリさんが本当にそうだったかは置いておいて、十数年前に「境界例」という病気を知っていた人はとても少ないと思います。失礼な言い方だけど、ご友人は「境界例」という病気を知って、それを誰かに言いたかっただけかもしれません…どうしたいですか
その友人の周りにいた人の中で一番それっぽいのがポロリさんだっただけかも。

ただだからと言って「ポロリさんが境界例ではなかった」という証拠にはなりませんよね。自身で調べられて、自分でも当てはまると思ったこともいくつかあって「自分は本当に境界例かもしれない」と思われたんだと思います。

でも境界例は一生続く病気ではないです。
先のコメントでも言いましたが、多くの境界例は加齢とともになくなっていきます。

「今、ポロリさんは境界例ではない」
そうだったらポロリさんはどうしたいですか?
今現在も人と分かり合えないことや信頼できないことで悩まれてますか?
また、生きていることが幸せでないと感じるのはどうしてですか?

幸せに生きることが正しいわけじゃないと思います。
言い方は悪いけれど、不幸でなければ生きていけない人もいます。
境界性パーソナリティー障害の人にはそういう人も多い気が…
見たことない「幸せ」より慣れ親しんだ「不幸」の方が落ち着いたりします。私はそうでした。

私は個人的に「せっかく生まれてきたんだから幸せに生きたい」と思います。
ポロリさんも幸せに生きたいのであればきっと方法があるし、今のままを長く続けて生きていきたいのなら、それも一つの生き方だと思います。

ポロリさんの境界例が治っているとしたら、ポロリさんはどうなりたいですか?何が欲しいですか?
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男性 ポロリ 35歳  /  大阪府 iPhone 2018年07月21日(土) 16:28
投稿ID:69107
境界例はその友人しか知らなかったですね。
友人が僕に境界例と言ったのは、適切では無かったと思います。
診断が難しい事と、それを伝える事が良い事とは限りませんし…

ただ友人の名誉の為に弁明しておくと、、、
僕は以前よりその友人達を振り回していました。その時の行動は「典型的なボーダー」の様なものだったと思います。
その時にカウンセリングを勧めてくれたのがその友人で、後に「境界例」というものを調べて僕に伝えた感じでした。

分かり合えない事の苦しみは、今はほとんど感じなくなりました。
そもそも「分かり合う」というのが自分の事を全て分かってくれる程の人を指していたので、当たり前ですが「そんな人はどこにもいない」と結論を出すのに何年もかかってしまいました。

今は特に、幸せでも不幸でもありません。
無い物を欲しがるより、有る物以外を考えない事で、不安や苦痛を感じなくなったようなものですね。
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女性 リトルミィ 京都府 PC 2018年07月21日(土) 21:24
投稿ID:69121
答えは「当時のカウンセラーははっきりと言わなかった」というところにあるように思いました。
ポロリさんは境界例の気質を持ってたと思います。でも病気として背負っていくほどのものではないという判断だったんだと思います。

友人も良かれと思ってアドバイスしてくれたんですね。
「お前は病気だ」という風に言われなければカウンセリングに通おうということにはならず、今ももっと生きづらいまま、生きていたかもしれません。

無い物を欲しがらず、有る物のことだけ考えて生きている。
でも幸せでも不幸でもない。不安や苦痛はない。でも幸福感もない。
ポロリさん自身が今の状況を望まれて、そう在られるのかもしれませんね。
もし幸せになりたいと思うなら、ポジティブ心理学というのがお勧めです。
今置かれてる環境は変わらなくても、今在る幸福を増幅させようという考え方です。
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男性 ポロリ 35歳  /  大阪府 iPhone 2018年07月21日(土) 22:59
投稿ID:69137
カウンセラーの真意は今となってはわかりませんが、確かに治療をしていこうとは言わなかったので、そこまでではなかったのかもしれませんね。
(もっとも、無料のスクールカウンセラーだったので管轄外だったのかもしれませんが(^^;)

友人には感謝してます。
疎遠になってしまいましたが、よくあの頃の僕に付き合ってくれていましたから。

望んでいるのかは自分でもわかりませんが、今が落ち着いているのは確かです。
でも良くなる可能性がまだあるのなら、参考にさせてもらいますね。
ありがとうございます。
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