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家庭のストレス

女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月04日(金) 01:10
投稿ID:65852
生き方がわかならくなりました。
こんばんは。
初めて相談させていただきます。
乱文失礼いたします。

都内でOLをしています。
事の発端は母方の祖父が亡くなったことだったと思います。

元々実家は田舎の農家で、男の兄弟はいません。
わたしは3人姉妹の長女で、将来は実家を継ぐ予定でしたがそれが嫌で家を出ました。
昨年、母親の父(私からすると祖父)が亡くなりました。
ちょうど3年付き合った彼氏に振られた直後でした。

元々精神的に不安定なところが母親にはありました。
過去にも精神的な病院に通っています。
母親が祖父を亡くしたことでさらにそれが悪化し、関係のない人の気持ちを傷つけ、そこで本来母親を支える立場にあった父親が見放し激怒し、離婚問題にまで発展しました。

昨年はわたしも休日出勤するほど仕事が忙しく、その合間を縫って家族間のフォローをしてきました。
しかし、頑張った成果のボーナスは妹たちの喪服となり、金額が足りず借金を抱えることになりました。
返す見込みがあるとは言え、とても苦しい時期でした。
それを返しながら、不仲となった両親のわけのわからない旅行とやらに連れまわされて休日はつぶれ、私は精神ともに追い詰められていました。

貯金を切り崩して返済したとき、両親からわたしにかけられた言葉は「ありがとう、さすがお姉ちゃんだよね、頼りになるね」でした。

なにかが切れました。
泣きながら猛抗議しましたが、言葉は伝わりませんでした。
それから半年たち、時間の経過とともに両親は何事もなかったかのようにわたしに連絡をとってきました。
それに対して抗議すると父親からは「どこの姉だってそういう風にしている」と言われました。
そして4月、母親が乳がんになった、という連絡がきました。
母親が死ぬかもしれない、という事実より「また振り回されるのか」ということにわたしは絶望しました。

そしてまた家族旅行。
いかなければいいのですが、「母親との旅行が最後になるかもしれない
」と言われたら「行かない」という選択はできませんでした。
苦痛でしかなかったです。

もうこれ以上母親たちの人生に関わりたくありません。
「仲良し家族」像を押し付けてほしくありません。
それは父親にも母親にも言いましたが、彼らには理解できないようでした。
家族を切り離したい、でも同時に家族だからこそ切り離せない自分もいます。
不満な点、おかしな点はたくさんありますがそれでもわたしにとっては彼らは家族であり、両親であるのだと思います。

ストレスで軽度難聴になりました。
それでも乳がんよりはマシだな。

そう考えたら実家に帰って母親や父親の面倒を見ることが長女としてベストなのだと思います。でもそうしたくない、自分がいます。
長女としての義務とか家族としての義務とか世間体とかそういうものがぐちゃぐちゃになって決められないのです。

なにがベストで、最善の方法なのか、自分がなにをしたいのか、どうするのが正しいのか、わからなくなってしまいました。
どうしたらいいのでしょう。

わたしは普通の自分の人生を歩みたいだけなのです。
こういった経験をされた方、その時どういう行動をとったのかを
教えていただきたいです。
  • 0
男性 まるさん。。 PC 2018年05月04日(金) 07:23
投稿ID:65862
かまってちゃんさん、はじめまして、
おはようございます(*_ _)

まる。と申します。

読んでいて、こちらも辛くなる程の毎日のようで、
とても、しんどさが伝わってきました。

どういった行動をとるべきか、、
本当に、それぞれの心境や状況によるかもしれませんが、
私の過去を少し書いてみたいと思います。

私は、実家で親と上手くやる事ができなくって、
17才から一人暮らしをしていました。

家を出てから知ったのですが、父が心の病でした。

家を出てからも、お金の問題や、近所でのいざこざが耳に入ってくるようになり、
何度か実家には顔を出しましたが、

それが、エンドレスで・・だいぶ、家族中振り回された挙句、
独りでお空へ旅立っていきました。

我が家の場合は病のせいもあったかもですが、
やはり、お金を立て替えたり、他の人への迷惑の説明に入ったりと、
事あるごとに、こちらの財布だけでなく、心もすり減っていって辛かったです。

結局、私は、最後の方は関わりを断っていたので、
亡くなった後、知らせを受けて駆け付けた感じになってしまいました。

かまってちゃんさんの家族旅行も、
行けば辛いし、行かねば後悔するかもしれない・・と、
判断が辛いでしょうね。。

私の場合は、距離を置くに徹しましたが、
難しいと思います。

ですが、妹さん達も、だんだん成長していく事と、
それぞれ、別の世帯だという事を考えると、

本当に困った時以外、
お金のやり取りは、出来れば避けたいかな・・と感じました。

ちょくちょく、出していると、それが当たり前となってしまうので。。

当事者はもっと辛いと思います。
少しでも、良い方向へいきますように。
  • 0
男性 たつみ PC 2018年05月04日(金) 09:09
投稿ID:65865
おはようございます。
該当者ではないので期待とは違うかもしれませんが書いてみます。
きっとずっと、継ぐことを意識させられてきたのですね。
それが嫌だった。
けど、年齢を重ねる中で、親も年老いていく中で、自分の人生を歩みたいと思っている片隅に、家のこともひょっとしたらあったのかもしれない。
そんなことを思いました。
けど、何だかいつも自分の一番大切な時期に、家族にじゃまされてしまう。
そんな思いが聞こえてきます。

家を継ぐということ。
親の面倒をみるということ。
目的化されると、煩わしさだけが残るような気がします。
それが嫌でみんな田舎を出る。
つながりの中に本来あったはずの優しさみたいなものが取り戻せたらいいのでしょうけれど、と思う一方で、その優しさみたいなものを子どもの頃、感じられてたのかなという心配もします。
長女。ずっとその役目で生きてきたのかなと。
「さすがお姉ちゃんだよね、頼りになるね」
そう言われて猛抗議したのに伝わらなかったこと。
思いの隔たり。
その隔たりを埋めることは無理かもしれないという実感。
それがありながら、切り離せない自分もいる。

切り離せない自分は、優しさなのかもしれませんね。
形ではない本当のつながりを求める心のような。

いま、家族に求めてるのはどんなことなのか、もう少し言葉にできますか。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月08日(火) 14:47 編集済み
投稿ID:66052
拙い乱文にお返事ありがとうございます。
深夜に勢いで書いてしまいとてもまとまりのない文章になってしまいました。
大変失礼いたしました。

お父様のこと、大変だったのですね。
とても参考になりました。
ありがとうございます。

「距離を置く」「こちらから関わらない」という選択肢をとった時期もありました。
そのたびに並々ならぬ理由から結局戻され(戻る自分が悪いのですが)距離感としてなにも進展していないな、と思います。

そうですよね。
本当に困ったとき以外お金のやり取りはしてはいけないな、と強く感じています。
当たり前なことになると人は感謝もしなくなるものですよね。。。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月08日(火) 14:51
投稿ID:66053
拙い乱文にお返事ありがとうございます。
深夜に勢いで書いてしまいとてもまとまりのない文章になってしまいました。
大変失礼いたしました。

今の家族に求めていることは他人に頼りすぎない自立できる距離感です。
そして家族としての在り方、役割を正しく認識し、自覚をもって生きてほしいと思っています。

欲を言えば家族の中の役割、分担が歪んでいることに気付いてほしいのです。

「お金に困ったら長女が助ける」
「問題が起こったら長女に相談する」

そういう家族の無言の取り決めができているように感じます。

・・・たつみさんがおっしゃったように切り離せない自分の「やさしさ」がたぶん一番自分を悩ませている部分なのだと感じています。
現状これだけ「優しくしている家族」に対して同じ大きさの「優しさ」が戻ってこないことが不満なのだと思います。

改めて過去を振り返ってみた時に、確かにわたしはわたしに与えられる優しさはすべて「長女という立ち位置にいるから与えられた優しさ」であり、自分自身に対して行われる行為だという認識を持っていませんでした。

それは父親(4人姉弟3番目)からの「長女だから恵まれている」という言葉からや家族からの対応、周りの親戚の対応からそういうものなのだという理解をしていました。

でも今更、その「優しさ」をうまく受け取れていなかったものに対してどうやってそこを補っていったらいいのかもわかりません。

ここ10年ずっとなぜこんなに苦しいのか、うまく立ち回ろう、家族の中をよくしていこう、
自分の人生を幸せなものにしていこう、そういう意識をもって過ごしてきました。
そのための自己犠牲をたくさん払ってきたように感じています。
なのになぜこんなに苦しいのか。
納得できる答えが見当たらないのです。
  • 0
男性 koe+ 32歳  /  沖縄県 Android Tablet 2018年05月08日(火) 16:29
投稿ID:66054
はじめまして

文面を読みまして、かまってちゃんさんの頑張りは十分過ぎると思います。

私の経験上の話になりますので、具体的な解決策ではありませんが。
私の家庭環境も歪んでいましたから、文面の内容から痛いほど分かります。

私は同じ地元にいますが連絡も取らず、顔も会わしていません。
連絡が来ても、殆ど無視をしています。
顔を会わせれば、心ない事も言われますので。

自分の人生なので、一番は自分の為に使ってください。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月08日(火) 20:29 編集済み
投稿ID:66060
お返事ありがとうございます。
十分な頑張り…そう評価してくださるだけで、胸が救われるような気持ちになりました。

そうですね…
傷をつけるほうはそう言った自覚なく自分勝手な言葉を発するものですものね…。

今も他人に牙をむく母親をそれとなく止めることができる立場にいるのがわたしだけで妹たちは母親に相手にさえされていない状態です。

私も連絡を絶つということを何度も何度も考えたのですが、
母親自身も悪い言葉を発しているな、という自覚はあり話を全く聞かない、というわけではないのです。

向こうがすべて悪いというのではないのに一方的に絶縁するのはあまりに乱暴すぎるのではないかとも思えてくるのです…。

本当は
必要最低限の会話だけをできれば理想なのですが…。

ぐだぐだとすみません、
参考にさせていただきます。
  • 0
男性 たつみ PC 2018年05月08日(火) 22:08
投稿ID:66063
こんばんは。
いま家族に求めてるのは、他人に頼り過ぎない自立できる距離感。家族としての在り方。役割の正しい認識。自覚をもった生き方。

例えば「私に期待しないで欲しい」ではないのですね。

「長」が付く人が言いそうな言葉が並んでいる印象です。
長女としての「役割」や「形」を生きているというより、まさに「長女」を生きているような。
けれど確かに、そのような家族であれば「振り回される」ことはないかもしれませんね。

切り離せない自分の「優しさ」が一番自分を悩ませている。
それは、家族から同じ大きさの「優しさ」が戻ってきたら解消されるのかもしれない。
その「優しさ」は長女としての私には与えられてきたけれど、私自身には与えられてこなかった。
そんなふうに思うのですね。

この「優しさ」は、「優しさ」でぴったりでしょうか。
例えば、こんなふうに書き換えたら、家族に抱いている思いとは違ってきますか。

切り離せない自分の「愛」が一番自分を悩ませている。
それは、家族から同じ大きさの「愛」が戻ってきたら解消されるのかもしれない。
その「愛」は長女としての私には与えられてきたけれど、私自身には与えられてこなかった。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月08日(火) 22:59
投稿ID:66068
ご返信ありがとうございます。

そうですね、
おっしゃる通り第三者(妹たち)から見たわたしは、両親からとても大切にされ、何不自由なく育てられたと言われますが、わたしにその自覚はありません。
どちらかといえば親の納得する範囲内での自由は約束されていましたが、そこからはみ出ることは何を持っても許されなかった印象です。

…期待しないでほしい、という気持ちは過去に捨ててしまいました。
私が長女である限り、わたしがこういう性格である限り親や家族が期待しないのは無理なことだと悟ったからです。

「愛」ですか。
確かにわたしから家族に対しての気持ちとしてはその言葉の方がしっくりくるのかもしれません。

ただ家族から同じ大きさの「愛」を求めているというのは少し違う気がします。
…同じ大きさの愛が帰ってくることに越したことはありませんが、
それが不可能に近いことは理解していますので譲歩した中で自分の中で納得できる範囲かつ求められる最低限の答えが
先に記載させていただいた回答「他人に頼り過ぎない自立できる距離感。家族としての在り方。役割の正しい認識。自覚をもった生き方」になるかと思います。

私個人からするとそこまで難しいことを家族に求めているわけではないと思っているのですが、
家族にそれを伝えても、意味がわからないという反応をされるだけです。
(他人に迷惑をかけないことを家族間でも行う、それだけな気がしてなぜ理解できないのかがわたしにはわからないのです)

本音を言えば
どうすれば家族一人ひとりに自覚を持たせることができるのか、
そのためにはどういった行動をとることが必要なのか

という質問を投げさせていただくことが妥当なのかもしれません。
  • 0
男性 クリスプ730 25歳 PC 2018年05月08日(火) 23:07
投稿ID:66070
両親へどの程度恩返しをするかという基準をどこかに書いておくといいでしょう
書いてみたらおそらくこんなにする必要があるのかなという感想が出るかもしれませんが

両親の世話をするとき不満を持つ理由は
「自分がやってもいいと認識する以上の事柄を両親が押し付けてくる」
ことにあります
それはあなたの基準と現実にギャップがありそれがストレスとなって表れるのです

じゃあどうすれば不満にならないかといいますと
一つ あなたのやってもいいかという基準を底上げする(許容範囲の増加)
二つ あなたの基準にあわせて現実の賄いきれない事柄を断る

もちろん状況が切羽詰りすぎてやばい時は断れないこともありますが
そうでないどうでもいいと思われることは断り
なにか大事なことが起こった時のためにあなたの時間をあらかじめとっておきます
あなたの時間を確保しておくことで何かあった時断れなくとも
あの時断ったし状況的に仕方なしと割り切ることが出来ます

ある意味断ることが出来る可能性があるからこそ
それについて思い悩みストレスというものは生まれるわけです
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月08日(火) 23:11 編集済み
投稿ID:66071
私自身が家族から求められることで同じように家族に理解を求めようとしているので悩むのですよね。
他人の心の制御などできるはずもなく、家族といっても血のつながった他人ですし。

3年付き合った彼氏からも妹みたいな存在になってしまった、と言われ振られましたので、
そういう求めすぎる性格の私が一番いけないのかもしれません。
心のつながりなど幻想でしかないのでしょうか。

自分の人生ですので、自分の幸せだけ見ていけたらこの悩みも解決するのかもしれません。
しかし、その自分の幸せの中に家族の幸せも含まれているのだとしたらそれをあきらめたところで自分が幸せになれるのかそれが今の自分にはわかりません。

なにもかもを持ったまま人生を歩むことはできないことは理解しています。
ただ、やり方がほかにないのか、どうしてもあきらめきれない自分がいて、なので悩むのだと思います。

それも含めて、どういう考えをもって過ごせたら一番良いのか、ご教示いただければと思います。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月08日(火) 23:17
投稿ID:66073
ご返信ありがとうございます。

そうですね、
そういう線引きをしっかり行い割り切れる自分を作っておくことは大切ですね。

心に留め置くようにいたします。
ありがとうございます。
  • 0
男性 よしーー 32歳  /  東京都 Android 2018年05月09日(水) 08:15
投稿ID:66080
僕と状況似てます。
僕は結果的に実家の世話を辞めましたが…
僕も実家に対し、多額の援助をしてきました(300万程度)
しかしある時、親からいつもの様にお金の無心の電話が来たのですがたまたま持ち合わせが無く、「今はちょっと持ち合わせが無い」との答えをしたところ、何も言わずにため息だけついて電話を切られました。

この時に悟りました。
僕が援助をするのは簡単です。
しかしそれでは親兄弟の為にはならないのです。
頼ることが当たり前になり、彼らの成長を阻害してたのは僕でした。
  • 0
男性 たつみ PC 2018年05月09日(水) 20:51
投稿ID:66089
こんばんは。
家族に対しての気持ちとしては「愛」の方がしっくりきそう。でも、家族から同じ大きさの「愛」を求めることは不可能に近い。そう思うことに決めたというか、考えているのですね。

最初の書き込みにあった言葉。
「ありがとう、さすがお姉ちゃんだよね、頼りになるね」
これに、何かが切れたとありました。

幼い子だったら、こう言われたらうれしいのかもしれない。
こう言われてうれしくなるのはいつ頃までなんだろう。
親にとっては、子どもはずっと子どもなのかもしれない。
そんなことを思いました。
ひょっとしたら、言い方にもカチンときたのかもしれないですけれど。

そして、親は子どもをいつまでも子どもとして見るけれど、子どもは親をいつからか人間として見るんだなと、あなたの文章を読んで思ったのです。
ならば、あなたの年の頃の親は、いまのあなたからどんなふうに見えるのかなぁ。
そんなことを思いました。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月09日(水) 21:03
投稿ID:66092
ご返信ありがとうございます。

大変な経験をされてきたんですね。

わたしも自分がその行為を助長していることには気づいてはいるのです…。
ただ、距離を置き、なにも反応しないと今度は妹たちから批判の的となります。

関係ないじゃないか、とも思うのですがそれを突き通し続ける力が私にはないのだと思います。

一時であれば距離を持つことはできるのですが、時間が経つにつれ、決意した当時の辛さが薄まり、気付くと連絡を取っている自分がいるのです。

できれば、
どうやってそれを維持したのかを教えていただきたいです。

申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月09日(水) 21:25
投稿ID:66093
ご返信ありがとうございます。

そうですね、
親が人間になったことが一番大きな要因なのかもしれませんね。

確かにわたしは親を人間として見ているのに対して、親は子供の時の視点でしかわたしのことを見ていないのだと感じています。

わたしといる時の親は小学生の頃の出来事を引っ張り出し、思い出の中のわたしと今のわたしとを無理やり紐づけすることが多いです。

なので親としては幼いままの娘が急に自分の考えている物事以上のことを突拍子もないタイミングで言いだすことで驚きとどうしていいかわからない気持ちになっているのだと思います。
親は、一度も地元から離れたことも親元から離れたこともない、まさに井の中の蛙です。
世間を知らない、解決するという大切さをしらない、そこにあるものは永遠にそこにあり、今の場所にとどまっていればいずれは時がすべて解決してくれる。
そうやって生きてきた人たちであり、それがなによりも大切だと思っている人たちです。

そしてその生き方を無意識のうちに娘たちに強要し、無意識のうちに制御しようとしている、それが私から見た親の姿になります。
  • 0
男性 たつみ PC 2018年05月10日(木) 21:24
投稿ID:66114
こんばんは。
親はあなたを子どもとして見ていて、その幼いはずの子から想定外のことを言われて驚き、どうしていいかわからない気持ちになっているのかもしれない。
ホントにそうかもしれませんね。
一方で、あなたは親として見る時代を過ぎて、親を人間として見ているわけですね。
人間として見たときに、まるで井の中の蛙のようだと。
いま、そのように見えてしまう位置に立っている。

けど、何でだろう、親の方が何だか幸せそうに見えてしまうのです。
ここでは、井の中にいる親を批判するあなたを、さらに外側から見る関わり方になっているからなのかもしれません。
井の中にみんな吸い取られそうになっていて、それに必死に抵抗しているかのように見えてしまう。

親を人間として見る目。
その目を通してあなた自身を見るとき、どんなふうに見えるでしょうか。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月10日(木) 23:46
投稿ID:66120
連日お返事ありがとうございます。

井の中に吸い取られる。
まさにその通りですね。

親を人間として見る目、ですね…。そうですね。。
客観的立場として自分自身を見た場合はそうですね。。。

考えてもどうしようもないことに時間をかけ、解決方法として距離を置く、連絡を絶つという明確な答えが出ているのにそれを実行しない。

ぐだぐだと時間を無駄に浪費する優柔不断な人間。

こんな感じでしょうか。
  • 0
女性 かまってちゃん 26歳 PC 2018年05月11日(金) 00:00
投稿ID:66121
客観的には明確な答えが出ているように見えても、
当事者にとっては明確な答えとはならないものですね…。

人生の中で「一つのことを継続して行う」ということがどれほど困難を伴うものなのか、自分は理解しているつもりです。

距離を置く、連絡を絶つという文字にするととても簡単です。

しかし、実際行う立場に立ってみて、継続しその行為を行っていくことがどれほど大変で苦痛を伴うのかを知り、足踏みしている自分がいます。

今この段階で答えの出た行動をとるのは、「癌の母親を見捨てる」「フォローする家族を見捨てる」という意味に近しいものがあります。

たぶんこの家族にとってここが正念場であり、ここで行動を起こすということは家族を裏切る行為と等しいのだと思います。

このまま継続して親を支援する、親との距離を置く。

たぶんどっちをとっても未来のわたしは同じぐらい後悔するでしょう。

グレーの領域がもっと広ければいいのに。
と思います。
  • 0
男性 たつみ PC 2018年05月11日(金) 21:22
投稿ID:66134
こんばんは。
後方のコメントも読みました。
距離を置く、連絡を絶つということが解決法として頭にある。
けれど、それを実行しないでいる自分を「ぐだぐだと時間を無駄に浪費する優柔不断な人間」と表現するのですね。
僕は、実行しないでいることがあなたらしさというか、あなたのあり方なのだろうと思います。責任感があるというか。
例えば、ボーナスが消えてさらに出費が嵩んだことも、そんな時にお金を出せない状態だったら、きっとそのことの方があなたを苦しめたのでは、という想像をします。
だから「ぐだぐだと時間を無駄に浪費する優柔不断な人間」とは全く思えないのです。

それをすることに苦痛を感じる。
そして、グレーの領域がもっと広ければいいのにって思う。
苦痛に感じることの方が大切なのかもしれないですね。

「グレーの領域」って何だか人間らしくていい言葉だなって思います。
人間は一色ではないですものね。
でも、一色で見てしまうときがある。例えば余裕がないときとか。
自分の中のグレーが見えたなら、両親のグレーも見えるかもしれませんね。
今回、ずっと思い出してる詩があります。
吉野弘の『祝婚歌』と槇原敬之の『I ask.』
よかったら検索してみてください。
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