相談掲示板

話し相手募集

おはなし掲示板

つぶやき

ブログ

メンタルヘルス 診断

各投稿の「コメントを書く」でコメントを書くと自動で「>>」で該当の投稿にリンクが付くので特定の投稿に対するコメントにお使い下さい。
画面一番下の投稿フォームからコメントを書くと個別の投稿へのリンクは付きません。
  • 掲示板に投稿するにはログインをして下さい。

関係依存

女性 温室 22歳 iPhone 2017年04月09日(日) 06:12
投稿ID:52793
他者への依存
最近気づいたことなのですが、
私は今まで家族や周りの人、友人に依存して生きていました。
先日会社を特別理由退社し、したい事はないのかといろんな人に聞かれて、ずっと考えていました。
考えても考えても家族や友人を全て振りほどいてまでしたい事が思いつかないのです。
何をするにも誰かの役に立つために学んできた事と割り切って学んできたため、自分が全くないのです。仕事も辛い場面で続かなかったのは自分の意思で働こうと思ってなかったからです。
いろんな趣味に友人がいますがその分お金も使うので、貯金がなくなり、一週間以上誰かと遊ばない期間を作ったら自暴自棄になり必要とされていないと錯覚してしまいます。

いつかみんな結婚して大事な家庭を持つ子もたくさんいるのだから、他人に依存していてはいけないと…でも私は誰かのために身を捧げなければ好いてもらえない、愛してもらえない、存在価値は他人の喜びの糧としてとしか考えられないんです。自分に自信がないのです。
異性に愛された事はあれど拒絶してしまいました。
家族は愛してくれます。友人も好意を持ってくれます。頭では分かっているのです…

自分の事を愛せないから他人を大切にして、愛する事で何かを補っているのだと思います。
1人でいる時はキャラクターといいつつ自分の一部と頭の中で会話をしているのだと思います。常に1人ではいられないのです。

これは…なんといったらいいんでしょうね?同じような経験、症状の方はいらっしゃいますでしょうか?
妄想癖はありますが、実際に幻聴が聞こえる、幻覚が見える等ないですし…

自分がアダルトチルドレンなのが1つの原因かとも思うのですが…直し方を模索していて…具体的に何か知っていたり、他者依存を直して、自分を愛せた方のご意見ありましたら、是非
乱文長文失礼しました。
  • 0
男性 難読 25歳 PC 2017年04月09日(日) 09:54
投稿ID:52806
私も似たような感覚があります。
まだまだ解決には至ってないのでそんな考え方も、とご参考になれば…ただし、すごく長くなってしまいました。もし差し支えなければお読みください。

私は潜在的な「見捨てられ恐怖症」で、いわゆるACや境界例に症状は近しいです。
友人や家族に対して有効かつ円滑なコミニュケーションが取れますが、その本心を見せることはありません。
ですから「親友」と呼べる相手はおらず、恋人に対してはそれらを全て押し付けてしまい押しつぶしてしまうことがあってから、親密になることを避けてきました。

私もこの年になるまで、「自分は自分が大好きなんだろう」と思い込んでいました。けれど本当は「自分はダメな奴だ」と決めつけているからこそ、それを補う何かを常に求めてわがままに振舞っていただけだったんですね。

もちろん自分の好きな部分はあります。けれど、私も生きてるなぁと感じるのは、誰かのために何かをしてあげたことが主です。
相手の「嬉しい」「楽しい」「幸せ」といった表情やリアクションが、直接的に自分の価値になると思い込んでいます。
逆に言えばそれができない自分はダメなんだ、嫌われるようなことをするな、と暗示を掛けているのだとも思います。
おそらく、昔の恋人に「こっちの職業は給料が低いから、こっちにして」なんて言われたら、喜んで就職先を変えたでしょう。それくらいに他者に依存してきました。

ただ、私には今やりたいことがあります。そのために必死に貯金することだけを見て仕事をしています。
少し前までは本当に、というか今も発作的に「どうして生きてるんだろう」と鬱気味になることがありますが。
とりあえずその思考を少しずつ取っ払おうと努力することにしました。そこで一つ分岐点になったのが、前の彼女でした。

彼女に対しても私は仮面の自分で、どうやら対話相手の悪意や嫌悪感、感情の現れ方に機敏になっているせいか、どうすれば喜ぶかというのが自然にわかるようで、異性に好かれるのはそれほど苦ではありません。
けれどお互い距離が近づけば取り繕えることもなく、少しずつ自分の自暴自棄や不安、衝動、束縛などを強いてきた結果。私は別れるという行為が「自己の全否定」だと思い込み、「別れるという選択をする相手が間違っている」と彼女を激しく誹謗中傷してしまいました。
いっそそういう性格的な部分で嫌われてしまえば、人格を否定されるよりは痛くない…そんな考え方なのでしょうか。いずれにせよもうダメだろうなと思っていたのです。

けれど彼女は、それでも自分を憐れんでくれましたし、余裕があったら助けてあげたい、一緒にいてあげたいと言ってくれました。私は基本的に、誰かのために尽くしてきましたし、彼女に対しても常に相談にのったり勉強を教えたり、趣味のグッズが欲しければいち早く調達したりと、それが生き甲斐でしたから、何かをされることはないと思っていたのです。自分が想像しうる最悪の人間を受け入れた上で、声をかけてくれたこと、自信を与えてくれたことは今でも感謝してもし切れません。

脱線してしまいました。正直私はまだ未練を捨てきれていません。でも、固執するのは止めにしました。
結論としては、私は他人依存でも構わないと思っています。今あるものを完全に消し去るのは、難しいことです。幼少の頃の感覚や、遺伝的なもので他人に強く関心を持つ人間なんだと思ってます。

けれどそれを減らすことは出来ると。割合を、少しずつ自分に向けていくことが大切なのかな、と思ってます。
誰かのためにする、というアクションって、一番簡単なんですよね。そのアピールが「自分には価値があるよ」と納得させるポーズとしてすごくわかりやすいからです。けれど、それは「自分のため」ですから、糧にならないことや自分じゃなくても出来そうなことはスルーしたり、積極的に取り組まなかったり、評価を相手に任せてるからいつまでたってもラインが定まらない。結局はどの程度の「価値」なのかわからないから、すぐに蒸発してまた不安になってしまう。

私は子供が出来たらこれでもかと愛情を注ぎたいと思ってます。けれど過剰な愛でまた違う人格障害を引き起こさぬよう、自分がやりたいことも、少しずつ明確にしていきたいと思ってます。それは他者から見たら無駄なことで、否定されることで、笑われることかもしれません。でも、そういう一つ二つ、基準を作っていかないと、ダメだと思ってます。これは正しいんだ、という自分なりの、自分だけの定義を。

ブランドの服は着なくてもいいけど、フリーマーケットで買った服はちょっと……大手チェーン店でも、ここならまあいいか。あ、でもこのメーカーのは安すぎるからダメ。こんな感覚ありませんか?私たちは無意識のうちに、例えば生活水準や財布事情に合わせて勝手な基準を決めて生きてます。高いワインを飲まなくても生きていける。でも、浄水されていない水道水は飲めない、とか。もっと下の人も、上の人もいるんです。だから誰がなんと言おうと自分は自分である、その指標を持つことがすごく大事で。

これができると、他者へのアプローチも少しずつ変わってきます。褒められることだけじゃなく、相手のためを思って叱ることもできます。相手がその温情をどう感じるか…今まで以上に「この人は自分のこと考えてくれてる」と思えば、それは自分にとって間違いなく「価値」だと思います。他者からの価値も、もっともっと純粋な価値にして行けたら、気がついたら自分の自信は溢れていくように思います。

長くなってしまいました。最後に私のひいき目線ですが、AC寄りの人はチャンスを見つけて起点が作れたら、一気に自信が回復する…そう思います。
元々他者のために尽くせる、これは武器です。傲慢に諂っている人間と比べて、常に物腰低く相手のために何かしますよ、という姿勢は悪い印象ではありません。もちろん「あいつはいつでもいいなりだよな」というのは印象がよくありません。けれど、その一歩を自分で決められれば、気の利く人間として認められやすいのかな、なんて思ってます。そう定義付けして、私は今自信を持って生きていこうとしています。

この文章一つとっても、きっと考え方が違うと思います。まだ現実では出来ませんが、このサイトなら指摘を受けても落ち着いて受け止められると思っているので、まだまだ私も練習しながら他者依存を改善していきたいなと思っています。お互い、精進しましょう。
  • 0
女性 温室 22歳 iPhone 2017年04月18日(火) 00:07
投稿ID:53097
お返事ありがとうございます。
この掲示板は返信の通知が来ないことを知りましたw
遅くなりましたが、拝見させていただきました。今までの20数年間をすぐ直すなんてやはり難しい事ですね。今まで自分が決めて来た生活水準等と一緒ですぐには無理ですね…
いきなり泥水飲めと言われても無理ですもの…

同じような気持ちの方がいらっしゃって安心しました…こう、ひとくくりの言葉にしにくいものだったので…

難読さんは何度か女性とお付き合いした中である方の言葉にチャンスを掴んだと仰いましたよね?憐れみという言葉に私はとても衝撃を受け尚且つそれでも余裕があれば愛したいと言ってくれる人がいるのかと、とても驚きました。

今まで馬鹿にされることはあれど、憐れだと思われたことはない気がするのです。
アニメでも漫画でもなんども聞いた言葉なのに
誰かに言われたことがない。
憐れという言葉は同情だったりするんですね…私はまだその気持ちを引き出す、その熱をぶつける相手すら拒んで来たんだと気付きました。

それが、1つのチャンスになるのだなと、学べました。ありがとうございます。

私は自分みたいになってほしくなくて、ましてや自分の遺伝の…子供を産むことに抵抗があります…難読さんと同じ様に考えて…私には重すぎる責任だと感じているからです…。
周りの人はその感覚はよく分からないようですが…

気がきく…母に昔からいわれた言葉でした。
私はその言葉すら見失っていたんですね。
これから少しずつ自分を褒めてあげて、自分に自信をつけて行く生き方をしたいと思いました。そして、自分が本当に目指す目標を立てなければ仕事という現場に向き合えないのだと再確認できました。ありがとうございます。

お互い、自分を愛する努力をしましょう
  • 0