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学校のストレス

女性 ゆきの 21歳 iPhone 2017年12月04日(月) 07:34 編集済み
投稿ID:61631
今後の方向性について(※長文です)
看護学生です。まだ整理できていなくて何から話していけばいいのか、結局何を解決したいのかまとまらず大変長く読みづらい文章ですみません。
8週間の実習が終わり先週いっぱい休みだったのですが、不安感が強く事前課題にも手がつけられず、1領域お休みすることになり中退するかもしれません。

元々不安感による試験勉強等の先延ばしぐせにも悩んでおり、それでも、中学の頃不登校でそこからなんとか看護師になりたいと勉強し大学に入った今までの自分の人生や、奨学金を借りている身分であること、父親の気持ちや支えを思いなんとか頑張らねばと試験勉強やレポート提出を乗り切り留年することもなくここまでやってきました。

完璧主義的な部分があると周囲から指摘されており、なんでも完璧を出そうとプレッシャーをかけることも先延ばしの原因と思い、自分にできる範囲のベストを尽くせばいいと思考を変えてみたり、スマホの電源は切って机の上は綺麗にし気が散らないようにする、やり始めることでドーパミンが出てきてそれが作業興奮につながることを知り、まずは5分だけやってみる、できそうな部分からやってみる、やることを細分化して挙げていき小さなところからやってみる、やったあとの自分のご褒美を考える、といったことを対策として行ってきました。

しかし、本格的な実習に入った時に指導者さんや教員からの助言がうまく理解できない、どう反応していいか(わからないときもありますが)頭にはあってもそれが言葉として出すことができない、いろいろとメモはするのですがメモしたことを忘れてしまい助手さんからなんでそんななの?とびっくりされる、意図的に情報を取るためのコミュニケーションがとれない、いろいろな情報を統合してそれを分析するということができなかったり書こうとすると頭が真っ白になり記録が書けない等がありました。

さらに、もともと人の顔色や評価を気にし、座学での成績は良かったため良い人、良い学生でいたい、いなければという思いが強く余計に自分を自分で苦しめていたのもありました。そして、昔から勉強だけはできるけど他のことはダメで要領が悪い、どんくさいと言われ続けていたこと、大学に入ってからも技術の方がからきしダメで毎日放課後や空き時間に練習室に入ったり、100均等で代用となるものを買って家でも練習してみましたが技術はかならず再試で、練習に1日しか来なかった学生が頑張ったわねと褒められているのを聞いて無力感を感じることもありこのような経緯から発達障害を疑い知能検査を受けました。

結果は、言語性IQ>動作性IQ(差は24)で、特に知覚統合が低く、処理速度とは30以上の差がありましたが発達障害とは言われず全体で見れば知覚統合以外は平均か平均より上なのでやればできるとのことでした。
やっぱり性格が弱くて子供で、甘えているんだと思いその後の実習もなんとかギリギリのラインで、頭の整理がつかず記録を途中で出してしまうこともあったりしましたが出席しました。記録については他のできる学生に聞いたり、話しやすそうな先輩に聞いたり過去の記録を見せてもらったりもしながら。

しかし、3クール目には記録での毎回のパニック、バタバタ、患者さんや看護師、学生間でのコミュニケーション、実際の援助についていっぱいいっぱいの中風邪をひいてしまい実習を休むことになりました。

その後の実習では休むことはありませんでしたが、スタッフ、教員、実習メンバー、患者さんに理不尽な方は誰一人おらずむしろ恵まれていたのにもかかわらずいっぱいいっぱいな自分がいて、休みに入ってからはパニックにならない、穏やかな生活がしたいと思うようになりました。

事前課題はありましたが、他の学生と同じくらいのものを学習しなければいけない、そうじゃなければダメ人間としてみられてしまうのではないか、また記録がかけなかったり頭が真っ白になって脳内でパニックを起こすのではないか、他の学生とうまくやっていけるのかといった強い不安感からなかなか手をつけられず土日を迎えることとなり、もう頑張れないかもと弱気になってしまい、まともな人間になろうと生きてきたけれど結局は努力すらできないクズなんだと気付きました。

そうしたら、このまま続けて頑張っていける自信もなくなってしまい学費のことを考えるとこれ以上奨学金が増えてしまう前にやめてしまったほうがいいのかななどと考えてしまいますます課題が手につかなくなりました。1領域休むと留年の可能性ももちろん高くなり、経済的には留年は無理なのでそれならきっぱり退学して別の道を探せと父は言い、私自身もその方が良いのかとも思いました。もちろん奨学金とこれまでの学費、自分の生活費はバイトなりをして自分で払うのが前提ですが。しかし、明確なビジョンがあるわけでもなく通信制高校卒業で大学中退となると安定した職業は高卒以上に難しいでしょうし、社会に出たとしてもまた同じところで同じ壁にぶつかり逃げることになってしまうのではないかという考えや、父はやはりそうはいったもののショックを受け泣いてしまい、関係はギクシャクしたものとなり父のこれまでの気持ちや支えてくれたことを思うとどうすればいいのかわからなくなってしまいました。良い娘でもありたかったし良い社会人になりたかった。でもできなかった。頑張ることもできず、支えてくれた父親をただ裏切るだけの結果です。

どこに向かっていけばいいのか自分で決めなければなりませんが、混乱してわからなくなってしまっています。他の人にこんな恥ずかしいことをさらすことにためらいもあってこちらに書こうか悩みましたが、ダメなりに今の現状を少しでも良い方向に持っていきたいです。助けを乞うのもおこがましいですが、助言等をいただけたらと思い勝手ながら投稿させていただきました。
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男性 ぐれ 24歳  /  大阪府 PC 2017年12月04日(月) 09:17
投稿ID:61633
完璧主義者であることは変えなくていいと思いますが、完璧であることを目指す時に、身近な誰かと一緒に目指した方がいいと思います。具体的にはフォロー役ですね。
ゆきのさんはとても努力をしていると思いますがあと一歩で届いてないという印象です。
その一歩を補ってくれる人を見つけてみてはどうでしょうか。例えば何時間何日練習しても思い違いで間違ったことをずっとしていたらそれは意味がないです。
そういった人を見つけるには、まず自分の状況を詳細に知ってもらうことが大事だと思います。
文章は長くなっていますが、こうして私もゆきのさんの現状が理解できますので、ちょっと話を聞いてもらえれば理解してくれる人は必ずいると思います。
抽象的な意見で申し訳ないですが、ネットの一意見として参考になればと思います。
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女性 ゆきの 21歳 iPhone 2017年12月04日(月) 12:21
投稿ID:61636
コメントをくださりありがとうございます。
いろんな人からの話が聞きたかったのでコメントしてくださったこと、とても嬉しかったです。
やはり、周囲の人に自分の状況を知ってもらうということが必要なのですね。他者から影で陰口を言われたりするのが怖かったり、中学の頃親身になってくれていた先生が卒後すぐ連絡をしても全く返ってこなくなった経験があり人に頼ることや、自分の重くてうだうだした話をするのはダメなことではないかという気持ちもあり、周囲の人には父親以外、あまり深く関わらずダメな部分が見えないような自分の本質を知られない関わりをしていたと思います。

でも、やっぱり私は他の人みたいに上手く生きられないのだとわかり、逆にダメな自分を知ってもらったほうがもう楽なのではないかとも思いこの相談も含めて自分の状況について他者に非難覚悟で話してみる必要があると感じました。
大学生とは思えない甘ったれた相談にもかかわらずコメントしてくださり本当にありがとうございます。
  • 0
男性 たつみ PC 2017年12月04日(月) 21:25
投稿ID:61652
こんばんは。

自分ができること。
できにくいこと。
乗り越えてきた過去。
乗り越えられそうにないと思っている今。

ひょっとしたら過去も同じように乗り越えられそうにないと思っていた時期があったかもしれない。

ダメなりに今の現状を少しでも良い方向に持っていきたい。
この言葉は今のものだけれど、過去のものでもあったのかな。
そして、ここまできた。

いっぱいいっぱいであること。
そういう自分を感じているから、穏やかでいたいと思う。

そうでありながら、他の人の目線や父親の思いが気になる。
気になって頑張らなければと思う。

この長文を書いてそして読み返して、自分について気づいたことはありますか。
それはどんなことだったでしょう。
また、今の自分の気持ちを表現するとすれば、どんな言葉がぴったりでしょう。
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男性 林道先生 栃木県 PC 2017年12月04日(月) 23:48
投稿ID:61658
ゆきのさん

あなたとても考える力があって、とても好印象なんですが、考える力を「答えの出ない命題」に降り注ぐと不安が強まることを知らない、かも、しれない。
例えば人間関係において「こうしたらこう思われるんじゃないか」「こうしなきゃこう言われるんじゃないか」
なんて考えても「答えに近づくことは可能」ですが、当然予想が外れもする。的はずれな時もある。そういう「考えても意味がないこと」を考えては危険です。ただ、ゆきのさんに襲いかかる不安が、その考えても答えが出ないことを解決したがる思考回路へと持っていく。
何故なら自分の不安を払拭する、問題を解決するために考えるのに答えが出ない、わからない、または曖昧な答えしか出てこない。それがまた不安を生んでるんじゃないかな?と俺は感じましたが。

物凄く無神経で、物凄く残酷で酷いことを言いますよ?
学校はあなたに不安が襲いかかろうと恐怖が襲いかかろうと必ず行きなさい。
あなたの言葉引用させてくださいね

まともな人間になろうと生きてきたけれど結局は努力すらできないクズなんだと気付きました。

↑あなた自分の何処を見てんのよ?「考えても答えがない命題」を考えることが一番エネルギーがいるし、苦しいし、不安になるし、ひどいと身体が動かなくなるし、虚無感さえ襲ってくる。
あなたそれを自分でやる程の素晴らしい努力をしてるのよ?どこがクズなんだよ!!

俺はそんな思考回路クソだと断言する人間ですが、看護師にとっては違う。これは一流の看護師の思考回路ですよ。
もしあなたが「答えのない命題」に答えと出したとしたら、それ以上素晴らしい看護師はいないでしょう。

自分のね、素晴らしい能力を無視して、悪い部分だけを見るってのは素晴らしいことだと俺は感じるよ。
ただし、今のあなたにはあまりにも酷すぎるでしょうよ。

「学校うまくやっていけないのではないか」その自信なんてのは、あなたのちゃんと考えられる力から想像するに、今の自分の状態でしか未来を「想像」できない。
今不安と悲観的な部分に襲われた状態で未来を想像して、いい未来が見えるわけがないのは当然でしょう。
すごい変なこと言いますよ?

あなたが未来を創造する権利があるように、未来もあなたを創造する権利があるんですよ。そしてそれは互いに干渉しあってる。

あなたが不安に打ち勝って、未来と向き合う時、未来もあなたとちゃんと向き合ってくれる。未来を恐れないで。
あなたが明るい未来を創造して、その心を位置づけた場合、その明るい未来もあなたに近づく心を位置づけてくれる。

「出口、着地点、ゴール」を認識した後、その迷路の中進んで行くとしたら例え難解であろうと時間をかければ必ず到達できる。
でも、出口を認識せずに迷路の中を進んだら、しかもそれが難解な迷路だったら「いつ到達できる…?どこ…?もういいやだ…!」と不安が襲いかかるのは、俺は人間としてとても人間らしいと感じる。
後者は暗闇の中、手探りで出口を探す行為に等しい。

もうちょっと我慢できないので、暴言に似た言葉を使わせてください。

あのさぁ、自分の素晴らしい能力をちゃんと認識しないで、努力すら見えてなくて、自分の素晴らしい才能を無駄にするようなやつ俺大嫌いなんだよ。
看護師でちゃんと習うだろ?優先順位がまず違うんだよ。あなたが今一番優先すべきは、わからないことにピリオドを打つことだ。それが出来ればあなたはとても偉大な看護師にだってなれる。そして未来に立ち向かっていける。

完璧主義だって全然素晴らしいことだけど、そのデメリットもちゃんとある。自分が決めたルールから抜け出せない、頑丈な檻の中にいることだ。
自分でその檻作って「出してください…不安が襲ってくるんです!檻の中に不安が背後から…私を!」って、自業自得で、看守がいるとしたら鼻で笑われますよ。「何もいないのに、何言ってるんだ?」ってね、あなたはなかなか大きい円の中にいるが、円の線があまりにも太字すぎてそこから出られない、とても辛い状況を自分で作っている

そして俺が不安が襲ってきても、恐怖が襲ってきても、身体が動かなくても必ず学校へ行きなさい。と言うのはまた違う理由もある
あなた、学校を自主退学したとして、奨学金を後から自分で返すんでしょうが。

「自分がやりたかった看護師の道を諦めて」そのお金を返す気力が湧いてきますか?後悔しませんか?想像してください。

自分で返すとしたら、お金を返す時必ず看護学校のことが頭をよぎるでしょう。その時、過去の自分の体調や状態を考慮すれば仕方のないことだった、と思えるかもしれない。でも、体調がよくなってきたら、学校の事が頭をよぎりませんか?死んだ過去が現在に語りかけてくるほど厄介なことはない。あなたは、誰かから甘い声で「後ろから」語りかけてきた時、必ず「立ち止まって振り返る」んじゃないですか?その自分に語りかけてきた相手が自分が見たくない相手だったら、あなたはきっと振り返ったことを後悔する。
もし立ち止まらない勇気と覚悟があるなら、退学してもいいと思います。立ち止まることは停滞と何ら変わらない。でもそれは全然悪いことじゃない。ただし、立ち止まって停滞するんであれば「今でも」出来るでしょ?って話を俺はしたいのです。
過去だって未来だって、向き合えばちゃんと自分と語り合ってくれる。その時のエネルギーというのは、とても膨大ですが、語り尽くして、ちゃんとお互いの方向性を定めた時、やっと二人で歩いていけると俺は思ってます。だから、過去とも未来とも、話し合いはとても大切です。

あー、通話でもしたいくらい書き足りない。かなりきついこと書いたのでもうさすがに割愛しますが。まじで書き足りない。ドーパミンのことに関してもノルアドレナリンに関してもセロトニンに関しても話したい。あと技術に関しても…。
あなたに一番足りないのは、あなたの頑張りに相応しい、幸せです。あと安心感

大丈夫ですよ、安心して、あなたなら必ず出来る。俺が保証する。不安になったらまた誰かに相談すればいい
あなたにはちゃんと考える力と、一流の看護師の素質があるんですから。

応援してます。
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女性 ゆきの 21歳 iPhone 2017年12月06日(水) 20:47
投稿ID:61719
たつみさん
お返事が遅くなってしまいすみません。
コメントしてくださりありがとうございます。
私には不登校だった時代がありそのときもダメなりに少しでも良い方向へ持って生きたいという思いがありここまでやってきました。そのため、たつみさんのおっしゃる通り今のものでもあり、過去のものでもあったのだなと気づきました。
そして、今の気持ちを表現するならば葛藤という言葉が自分の中ではふさわしいかなと思いました。葛藤しながら、どうにか自分なりに答えを見つけ出せたらいいなと思います。
長い文章を読み、コメントをくださって本当にありがとうございました。
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女性 ゆきの 21歳 iPhone 2017年12月06日(水) 20:54
投稿ID:61721
林道先生さん
お返事が遅くなってしまいすみません。
コメントをくださりありがとうございます。
確かに、答えの出ない命題について考えるということを繰り返してもますます不安が募るばかりですね。
優先すべきはわからないことにピリオドを打つこと、その通りだと思いました。
また、自分でルールを作り頑丈な檻の中にいるとおっしゃっていましたが周囲の方からも似たようなことを言われたことがあります。
今日もある方から「〜しなければならない」という言葉が多くこうでなければならないという風に自分で自分をがんじがらめにしているようだという言葉をいただきました。自分でも過去の自分を振り返った時勝手に思い悩んで勝手に自滅していることがあるなと感じることもありました。
どちらの道に進むにしても、まだ私の中にはどちらの道にも立ち止まらない勇気と覚悟が持てておらず、そのことも決断できない要因の一つではないかと思いました。そして、林道先生のコメントを読み、過去と未来と向き合いもういいというくらい語り尽くす必要があると感じました。
どこに向かっていくか、今の自分、そして過去や未来の自分と向き合いながらもう少し自分の中で対話してみたいと思います。
熱意を持ってコメントをしてくださり、本当にありがとうございました。
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男性 林道先生 栃木県 PC 2017年12月07日(木) 07:32
投稿ID:61732
あ、語弊をうまないために言及しますが
「優先すべきはわからないことにピリオドを打つこと」というのは、座学で優秀な成績をおさめたゆきのさんにはおそらく関係ないでしょうが
「どれだけ学んでも、考えても答えが出ない命題」に於いて、ピリオドを打つこと。です
看護学校で習う、勉強する全ての問題を知ってるわけではないですが「ある一つの問題に対して」知識をつければつけるほど「わからないこと」が出てきます。そしてその学問がまだ発展途上だから、その分野において専門的な知識を持たない人間も「考えてもわからない」状態に陥るんであって、現時点で出されてる学問的な答えに関しては、まぁ、答えは一応出てます。

学問にとって、一つの問題の提起とその問題の究明というのは非常に難しい。
哲学や科学、医学、精神医学、物理学、心理学、行動学、脳科学、分析学、量子力学その他。座学で優秀な成績をおさめたゆきのさんはわかってるかもしれませんが
どれも未だ発展途上であり、今でてる答えは「最も質の高い根拠の答え」として受け要られてるにすぎません。
その他に分類される学問では、その本質的な学問体系から「周知の事実」から生み出される、数々の新しいものにのみ、学問的究明を行うものもあります。

要するに、その学問によって究明する、または問題の提起の、究明の質も違うわけです。
看護では看護に関する多重課題であるとか、栄養であるとか、患者のストレスであるとか、薬の知識であるとか、その他様々なものを学ぶと思います。学ぶ事が多くて、現場でその知識を振る舞える、体現できる人間じゃないと問題が起きるリスクが高いので国家資格なわけです。※中にはリスクが生じない国家試験も無論あります

看護学生は学ぶことがたくさん、膨大にあると思います、そしてそれでも看護に関する向上心(この言葉好きじゃないですが)を持つというのであれば、その度合によっては医師の持つ知識を凌ぐこともできます。

何が言いたいかといいますと「現時点で答えを得られる問題」とは別に「過去、現在、未来、その全てを含めても答えが出ない命題に手を出してはならない」ということです。
ただ、ゆきのさんが芸術の道へ進む人間であれば、その命題に積極的に手を出しなさい。と俺はすすめると思います。(最低の人間性)

俺は人間というものは「円」で説明できると断言する人間なんですけど。その円の定義は「規則と制限と許容」だと言います。

円を描いて、その円の線が「規則と制限」を意味していて、そしてその内容量や積載量が「許容」だと言います。
真面目な人間(規則、ルールを多く持つもの)ほどこの円のサイズは小さくなり、ストレスをためやすい状態にあります。
例えばアウトローであるヤク○さんであるならば、個人差ありますがその円のサイズは大きい。人によって円のサイズは無論異なります。

これが何を意味するかというと「自分で決めたルール(規則)の中で人間は生きている。」そしてその中でしかその人間は生きられない。そして、その円の内容量がその人間の「許容」範囲ということです。

円のサイズが大きい人ほど自分が許せる、行える選択肢は広がりますが
他人の円の外側に位置するのであれば、それは人に嫌われる、許容されない可能性が高い。

絵とか、図で説明すればとてもわかりやすいですが、文字だと想像するの難しそう…。うーん、どうしたらいいかな
絵で説明すれば小学校3年生の子でも簡単に理解して、わかったんですよね。そして俺が出した新たな問題にも自分の円の認識と他人の認識に関することも答えることができた。

とりあえず、話を核に戻しますと、完璧主義というのは前回言ったように円の線が太字です。
通常の人間であれば、線の太さは個人差ありますが細いです。だから「制限」があったとしても、簡単にそれを変えられる。
ですが、完璧主義で「あった場合」その制限が変えることが難しい。要するに、ゆきのさんが人から言われたことで「あ、なるほど、確かに、それは素晴らしい」と感じない限り、その線の太字と、円の大きさが変わることはありません。

もっと簡単に言うならば、通常の人間であれば他人に何か的を射た(その本人の中では)ことを言われた場合、すぐ自分の規則を変えることが出来る。何故ならば、円の線が細く、薄いから簡単に内側から手で押して円の大きさや形を変えることができる。(例えるなら線の重量や質量が少ないからです)

完璧主義の場合、自分の中で決められた規則があり、その規則が日常生活で変わることはほとんどない。
いい意味で言えばスーパーリアリスト、合理的な傾向がある、頭の回転が早い可能性の示唆。
悪い意味で言えば頑固、人からの意見は自分が納得しないと受け入れられない、自分が認めた人間じゃないと素直に意見を受け入れられない、そして通念を多く持ち合わせている可能性の示唆がある。(通念の例えとして、意味の相違がうまれますが、この人間に言われたことに対してこう言ったほうが印象がいいのではないか。や、こうしたほうがいいのではないか等、何故それがうまれるかと言うと、人から見る自分の印象を良い方向へ操作する能力が備わってるから、という可能性が高い)

なので、完璧主義の場合、線が太字なのでその太字を変えることがとても難しいのです。
太字だから円の内側から線を押しても、分厚い壁を動かすほどのエネルギーを自ら持ち合わせていません。
そしてその円から出られない場合、エネルギーをたくさん使っても結果が得られないので体力と精神が消耗する、気力が落ちる、周りの事を考える力も失われていく、思考能力も落ちていく、閉所にいる、出られないという不安、暗闇だから身を守るという行為ができない。

更に言えば「円を描く限り」人間には許せない、受け入れられない、認められない、信じたくない事が多々あるということです、そしてその許せない、受け入れられない、認められない、信じたくない、は、自身の事に関しても適用される。
要するに(割愛します)簡単に言えば、自分のやること、やったことを許せないことだって、あるということです。

という事じゃないかな。と俺は感じます。(言い足りない部分クソほどありますが)

俺いつもはあんまり…こういう話を人にしませんが、ゆきのさんの文章に知性を感じたので、俺のクソみたいな意見を言わせて頂きました、ごめんなさい。

コメントに対する応答形式ですと、伝わらない部分、スレ違いが起きる部分、多大にあると思いますが、一問一答のような形式であれば、よりよく、話し合えるんではないかなと思います。

強い規則、厳守されるべき規則、そしてそれが半普遍的である、というのは、俺はクソだ。くだらねえ。といいますが
看護に携わる人間であれば話は別です。

ゆきのさんは素晴らしいですよ、完璧主義だって、メリットもデメリットもある。その特性と性質を自分で知って活かすのであれば、ゆきのさんはとても素晴らしい看護、または社会的な部分に於いて、高い質と意識を持った人間になれる。

俺は素晴らしい才能を持つ人間が、その才能をドブに捨てる行為を大嫌いだと言いますが、俺はとてもゆきのさんに興味を持ちましたよ。

まぁ、理屈っぽい、クソみたいな知識と論理を持つ俺と話すのが厭でなければ、また話していただけると嬉しいです。

長文失礼しました、ではー
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男性 たつみ PC 2017年12月07日(木) 22:03
投稿ID:61753
こんばんは。
レスしてくれてありがとう。

「葛藤」がいまの自分の気持ちにふさわしいって思うのですね。
その葛藤の中身は「どんなこと」と「どんなこと」なのでしょう。

ゴツゴツしてる強さ。
そんなイメージをゆきのさんに抱いています。
戦っているというか、正面から突破しようとしているというか。

一方で、お父さんは泣く。
けれど、きっと、ゆきのさんは泣かないんじゃないかなって。
そして、ひょっとして、お父さんを守ってるのかなぁって。
もしそうなら、何がそうさせてるんだろう。
  • 0
女性 ホサナ Android 2017年12月07日(木) 22:27
投稿ID:61756
ゆきのさん

はじめまして。
私も中学生の時に病気になり、不登校になりました。
高校はなんとか卒業して、短期大学の保育科に進みましたが、うつのために休学・中退してしまいました。

私の場合はなのですが、あの時はどう頑張っても無理でしたので、仕方なかったなと思っています。
でも、園児と楽しそうにしている保育士さんを見かける度に胸が痛くなるというのはあります。

パニックになったり、頭が真っ白になる感覚、わかります。とても不安になります。
そのなかで、たいへんよく頑張っていらっしゃいますね。尊敬します。

母が看護師なのですが、母は何事も気にしない性格です。うらやましいくらい嫌なことはすぐに忘れることができるのです。
「そうしないとやっていけないからだ」と言っていましたが…

知人にも看護士がいます。その子は看護士になってから統合失調症にかかり、休んだり、パートで勤務しながら皮膚科で働いています。

また、別の知人は看護学校の試験に落ちてしまい、病気になりましたが今は精神保健福祉士の資格をとろうとデイサービスで働きながら通信制の大学に通い、「看護士の夢も諦めていない」と言っていました。

人生うまくいかないことが多いです。それでもみんな立ち止まったり戻ったり回り道したりしながら頑張っています。

アドバイスになっていませんが、何かの参考になるかと思い、コメントさせていただきました。
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女性 ホサナ Android 2017年12月07日(木) 22:32
投稿ID:61757
誤字、失礼しました。
看護士ではなく看護師です・・
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