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アダルトチルドレン

男性 難読 26歳 PC 2017年06月26日(月) 00:46
投稿ID:55739
今生きている自分が間違っている気がしてならない
難読と申します。
切実に悩んでいること、少しでも多くの人のご意見が聞きたく思います。

タイトルの通り私は、今の考え方が正しいと思えません。
いえ、正しいと思って当たり前なはずなのに、間違っているのではないかと不安です。
そして間違っているならば、私はこのまま孤立をしますし、犯罪を犯してしまうと思うんです。そんな潜在的な恐怖が、日頃少しずつ現実味を帯びてきました。

私はよくSNSで言い争いをします。
変な話、このサイトでも仲良くなった相手方とやりとりを続け、ひょんなことからケンカになってしまい、疎遠になることもしばしばです。

私は当然、私なりの考えに基づいて発言をしますし、その発言は自分の価値観や経験、正しいと思うことを無意識に発しているのですが。

例えば自分の中で「その考え方は矛盾しているよ」とか「いや、これはこういう考え方なんだよ」と反論をした時とか。

自分から投げかけることもありますし、自分の言葉に突っかかってきた言葉の反論として、口論の火種になることがあります。
とはいえ大抵は”討論”になるのですが、いかんせん折り合いがつかないと価値観の押し付け合いになります。

このサイトであれば1:1ですから、第三者の言葉ではこうだとか、引用したりします。けれどそれは都合のいい引用だと返されたり、結局押し問答で。

SNSだと今度は第三者が介入してきます。大抵の場合理詰めで相手を黙らせることができるのですが、次に口論になった時、相手は仲間を引き連れてきて押し切ってくるのです。こちらは正論を言っているはずなのに、日に日に敵は増えるばかり。疲弊する毎日です。

私は、本当にあっていることなのに間違っていると決めつけられることが許せません。
他者が何も知り得ていない状態で、勘違いを鵜呑みにしてしまうことが許せません。

私はそうして、自分の中で「悪」と戦ってきました。
けれど振り返れば「悪」としてきた人たちは、それなりに楽しくやっています。間違っているはずなのに、幸せに生きている。

それに対して私は、ずっと付き合ってきた友人もおりますが、相対的に見ると大手を振って歩けるコミュニティが減ったように思えてなりません。

狭いコミュニティの中で、また同じことをすると、敵が増えます。
私は間違っていないと、確信しています。それがたとえ正当化だと言われようと、傲慢だと言われようと、出来るだけ中立な意見を交えながら、倫理的な話ならば出来るだけ多くの第三者目線の事例を持ち出しながら、法律的な話ならば確固たる文章を提示しながら、話をするのです。

それでも私は、また孤立に近づきます。

確かに、正論ばかりではダメだとは思います。人は図星を指されると腹が立ってごまかしたり、正当化したりします。私も間違っている時、まちがっているとわかっていながらごまかしてしまう、という自覚はあります。

けれど、正しいことを間違っているとされ、その上で自分が否定されるのはあまりにも理不尽で堪え難いものなのです。

……ただ、これは現実では我慢ができることです。現実では心を折り、なだめ、理不尽に屈することも行えます。上司の理不尽には、今は耐えることができます。

SNSなどではそういった不条理を発散するかのように、価値観を放出します。

そういう経緯が、今の私の不安につながっています。
私は、主観に基づいてはいるけれど。もちろん、エゴな部分は多くあるけれど。ならば自分の言葉を持って、自分を正当化しないで誰かに付き従うのなら、発言する意味などないじゃないかと、本気で思います。

それがたとえ、自分一人だけが間違っていないと考えても、聖怪獣の人間が悪意あるプロパガンダに侵されたのだと考えて、立ち向かうことも十分にあります。

……けれど、そこで俯瞰的に見れば。やはり私は「悪」になってしまう。
世界的猟奇殺人を犯した人間は、一部からは崇拝されても、ほとんどの人間から、その人格を否定される。当事者の価値観が覆ることはありません。その犯罪者は「異常」だからです。

世界における一般的だとか、普通だとか、異常だとか、そういう線引きが曖昧なのはわかっています。

けれど私は、今こうして生きていて、「普通」でないことを多く感じています。そしてそれが、時には生命の危機に陥ることも実感しています。

この文章だけで、私がどの位置に属するかを見極めていただくことは難しいと思います。
けれど私は、このまま生きて、孤独を恐れず自分なりの正義を貫き通し、結果悪となることを恐れています。

人生は……自分がやりたいことをなすべきであり、その一瞬は、それを成すための間は、私は一人であることを厭いません。

私は教室で教師に促され、自分だけが手をあげることを、苦としなかった人間です。
けれどそれがもし、はじめは「難読君だけが手をあげてるけど、他の人はどうなの?」と、自分が正しかったことを証明されていたのに。「今は手を挙げるべきじゃないんだよ」と何度もなんども諭され、最後には「あぁ、この子は何を言ってもここで手をあげちゃう異常な子なんだ、注意してもダメか」と孤立することが、やはり潜在的に怖いと感じます。

こうして長々と思考を重ねることもまた、一般人には理解できぬことで、鬱陶しいことなのかもしれないと、薄々感じております。けれどそれならば、私はどう生きていけばいいのか。居場所を探すべきなのか、自分を曲げながら生きるべきなのか。

それを模索する人生ではありますが、いい加減否定され続ける人生に、「確固たる自信」も折れかかっております。蛮勇だ、傲慢だ、自信家だと揶揄されることを、どう捉えていけばよいのでしょうか。

全部含めて、消えてしまえばいいなと思う今日この頃です。文章では伝えきれぬほど、切実です。

まとまらない文章ですが、何かしらご意見いただければ幸いです。
  • 0
男性 難読 26歳 iPhone 2017年06月26日(月) 06:26
投稿ID:55747
寝て起きて、コメント拝見しました。
「間違えているなら、自分に価値はない」
はじめはそう思いました。でも、そういう考え方もまた間違っていて…
そういう間違いを認めたくなかったんだと思います。誰しも間違える、現実では分かっていたはずなのに仮想の世界では妙に意固地になっていたと思います。だから行き場の無い息苦しさがあったのだと。

コメント、救われました。ありがとうございます。
  • 0
男性 たつみ PC 2017年06月26日(月) 21:37
投稿ID:55783
難読さん、こんばんは。
こういう揺れを自身で辿れる。
そうやって人は成長していくものだから、相変わらずそれほど心配はしていませんけれど、思ったことを書いてみます。

「現実では我慢でき理不尽に屈することができるけど、そうやって溜め込んだ不条理をSNSで発散する」
「人前では思うことを口にする勇気がないのに、見えない相手なら強気になれる」

前者と後者が全く違う人のことを言ってるとは思えないのではないかと思います。
上司のいない飲み屋では元気でエラそうに語る人。
そんな人にはなって欲しくないと思うのです。

自分の言葉に突っかかってきた言葉。
理詰めで相手を黙らせる。
トゲのある言葉です。
なぜそんな気持ちになるのでしょうね。

正しいことが正しいまま伝わるかどうかは、受け手しだいです。
正しいことが正しいまま伝わる受け手にできるかは、話し手しだいです。
そんなふうに思います。

いまの難読さんの「確固たる自信」とはどんなことですか。
  • 0
男性 えいちえす 40歳 PC 2017年06月27日(火) 13:36
投稿ID:55818
ただプライドが高い人かなと思いました。
そんなもの放り投げたほうが人生楽しいですよ~。

あと、そのがちがちの頭を柔らかくするために
哲学書を読まれたほうがいいと思います。

偉い人が書いた本ならあなたへの説得力はあるでしょう?
  • 0
その他 オーベルシュタイン 東京都 iPad 2017年06月28日(水) 06:33
投稿ID:55858
人は正論を嫌います。日本人はとくに嫌います。日本人は玉虫色が好きです。
玉虫色が好きな人は議論は好まないと思います。
日本人は議論を嫌うけれど、欧米では日本のような嫌いかたはしないと思います。
難読さんはまだお若いので、日本が合わなければ、海外に脱出してもいいと思います。
医者から聞いた話ですけど、日本社会は独特なので、日本人でさえも合わない人はいるんですよね。
日本の社会に適応できず鬱病などになった人も、海外では社会適応でき、鬱も治ってしまうケースも少なくないそうです。
  • 0
男性 難読 26歳 PC 2017年06月29日(木) 07:31
投稿ID:55890
お返事遅れてすみません。コメントありがとうございます。

なぜそんな気持ちになるのか。心理学の専門書を読んで形式的に書いてあっても、腑に落ちることはありませんでした。

けれど相手方に自分の気持ちを伝えること。
争いたいわけではなく、こちらの気持ちを理解して欲しいこと。
常に意識して文章を作っているつもりではあるのですが。

「確固たる自信」とは「経験」のことです。
結局は誰に指摘されようが、そこに主軸を置いておかなければぶれてしまうと私は思っています。

その経験を、自信を用いる際には他者の意見や主張を引用したり。
結局は自分を正当化する行動だとは思っていますが、もしそれが間違っているとしたらどうすればよいのでしょうか?

柔軟に生きることが難しいのです。
  • 0
男性 難読 26歳 PC 2017年06月29日(木) 07:36
投稿ID:55891
例えばプライドが高いと言われるとムッとなるので、それはおっしゃる通りなんだと思います。よくのんきな友人やマイペースな友人と出かけたりしますが、結構苛立つことが多い一方で、羨ましいな、見習いたいなと思うことの方が学べたりします。放り投げたら戻ってこない気がして、ガチガチに生きています。

哲学書は興味があります。
ただおっしゃって頂いてハッとしたのは、偉い人が書いたなら……これはその通りだと思うんです。ただそれはどう決めているのか。自分が尊敬できない人間の著書など、私は読まないと思います。そうして無意識にランキング付けをしていて……

そんな自分が偉い人の読み物を読んで、鵜呑みにして、また日々の討論に武器として引用するのか……
ちょうどいい速度で進むことが難しい人間なのかもしれません。
  • 0
男性 難読 26歳 PC 2017年06月29日(木) 07:41
投稿ID:55892
コメントありがとうございます。

大学時代に友人と色んな討論をした時に、私は結構言いたいことを好き勝手言ってました。すると友人に

「難読の言うことは確かにそうだけど、角が立つよな。俺たちにはいいけどさ、年功序列の日本じゃ、潰されるんじゃね?」

と言われて、確かにな。と思いました。思った半分、どうしてそんなことで自分の意見が押しつぶされねばならないのか、とも思いました。

ならこの国を変えてやる、という考えもありますが中々どうしてその目標は高すぎるし、労力が尋常ではありません。それに私は世界を変えるほどの能力ではないことを自覚しているつもりです。なのに、何かに自信はある。

そこで友人には、海外向きかもよと言われたのを九十九さんの言葉で思い出しました。
日本の、我が国のせいだけにしてはいけないと思います。ただ、私はもちろん愛国心を持っていますが、この国にこだわってはいません。国よりまずは自分が大事なので、海外という広い視点も併せて、選択肢を広げて見たいと思います。
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男性 たつみ PC 2017年06月30日(金) 08:49
投稿ID:55936
難読さん、おはようございます。
柔軟に生きることが難しい。
その思いに尽きるのかもしれないですね。

柔軟という点で気になるのは難読さんの言葉です。
硬い言葉、硬い修飾表現。
書いてるうちに徐々に熱を帯びて言葉が思考を追い越し言葉が先行していく。
そんなイメージがあります。
硬い言葉が好きな人は討論を好むでしょうし、硬い言葉が嫌いな人に言葉は伝わる前から拒否されるだろうなと。
受け入れられにくい状況を自ら作り出している。

一人であることを厭わない。
もし本当にそうであれば、柔軟さの優先順位は相当下位かもしれません。
けれど、一人であることを厭わないと言いながら、人に受け入れられることを認められることを切実に求めている。

求めていながら、リアルな世界で求めきれずに、バーチャルな世界に託している。
「柔軟に生きることが難しい」にはそんな思いも込められているような。
リアルな世界で難読さんの個性のままで生きられるのが一番なのですけれど。

「確固たる自信」とは「経験」で、それが「主軸」
その主軸があれば、ぶれない。
その思いはいいなと、大切なだなと思います。
けれど、経験は無常で揺れる。

今回のやり取りの中で、ふと久しぶりに「水五訓」を思い出しました。
槇原敬之の「I ask.」も
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女性 プードル大小 iPad 2017年07月08日(土) 11:38
投稿ID:56271
すごい気持ちわかります!
子供の頃から私もそうでした。
正論を言っているのに、孤立する、わかります。
真面目で誠実なのに空回り、自分を認めてもらえない思うと、さらにエスカレートしてしまう。

でもその行為って、相手をコントロールしたい、という単純な欲求なんですよね。
コントロール応酬ってものすごいエネルギー浪費します。
コントロール受け入れてくれたところで、受け入れた人は共依存だったりして、結局どちらも幸せになれない、だって自分がどうしたら幸せか、自分 に向き合ってないもの。

その欲求がある限り、妄想、苦しみは消えません。
仏教系の哲学書とか読んで見たら面白いですよ。
それと、自分自身を縛っているものの正体を探るべきです。
家庭環境だったり、愛着障害だったり、けっこう身近原因があるかも。

私の場合は母でした。40で気づいた。
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